草津よいとおこ、一度はおいで~ |
1.通油町 |
梅雨が始まる前の五月晴れ、澄んだ青空には威勢よく泳ぐ鯉のぼり、大小様々、色鮮やかに泳いでいる。その鯉のぼりに負けまいと、花の大江戸、本町通りを勢いよく走っている男がいる。手ぬぐいを肩にかけ、弁慶格子の単衣を尻っぱしょりして、息せききって走っている。 |
2.村田屋と京伝 |
通油町の表通りに店を構える絵草紙屋、村田屋治郎兵衛は一九の『膝栗毛』を売り出している版元だった。自分で挿絵も描いた『浮世道中膝栗毛』と題した原稿を一九が村田屋に持って行ったのは七年前の享和元年の事だった。 |
3.葺屋町 |
堺町の中村座も葺屋町の市村座も今日が初日。中村座では『義経千本桜』、市村座では『仮名手本忠臣蔵』、一九としては中村座を見たかった。三月に大坂より下って来て、大評判の三代目中村歌右衛門が見たかった。でも、お民は大の尾上栄三郎の贔屓だった。栄三郎が出ているのは市村座、お民は迷うことなく市村座を選び、一九は歌右衛門を諦めた。 |
4.辰巳 |
一九、月麿、村田屋の旦那を乗せて大川(隅田川)を下った猪牙舟は両国橋、新大橋、永代橋をくぐり、深川へと入って行った。行く客、帰る客を乗せた猪牙舟や屋根舟が賑やかに行き交い、夕暮れの中、町の明かりと共に三味線の粋な調子が流れて来る。 |
5.置いてけ堀 |
朝、目が覚めると一九は知らない部屋で寝かされていた。頭がグラグラして、喉がカラカラに渇いている。隣りを見ると月麿が大口を開けて鼾をかいていた。本当なら、駒吉と一緒に寝ているはずなのに、どうして、月麿と一緒に寝ているのか、まったく覚えていない。調子に乗って、つい、飲み過ぎてしまったようだ。 |
6.草津へ |
いよいよ、旅の始まり。朝早く、板橋宿を旅立った一行は中山道を北へと向かった。生憎、小雨が降っていたが、やっと、草津に行ける月麿の心は晴れ晴れと浮かれている。一行は津の国屋の旦那、三味線弾きの都八こと都八造、一九に月麿、荷物持ちに津の国屋の下男、弥助が従った。 |
7.湯本安兵衛 |
『綿の湯』の湯小屋から湯池の囲いに沿って下りて行くと途中から急坂になり、湯池からお湯が滝となって落ちていた。「これが『滝の湯』です」と月麿が説明する。「この滝に打たれりゃアどんな病もたちまちに治っちまうんだ」『滝の湯』を覗くと大小様々な滝がいくつも落ち、滝に打たれている客が十二、三人いる。皆、男ばかりで、ふんどしをしながら入っている。 |
8.消えた夢吉 |
当時の草津には『御座の湯』『熱の湯』『綿の湯』『かっけの湯』『滝の湯』『鷲の湯』『地蔵の湯』『金毘羅の滝の湯』と八つの湯小屋があり、内湯があったのは湯本三家といわれる湯本安兵衛、湯本平兵衛、湯本角右衛門の三つの宿屋だけだった。これらの三家は江戸時代の初期まで、真田家の家臣として草津を支配していた湯本氏の流れであった。広小路に隣接した一等地に宿屋を持ち、湯池から樋でお湯を引いて内湯を作っている。安兵衛では『不老の滝』と呼ばれる内湯があった。 |
9.歓迎の宴 |
宿屋に戻ると一九と津の国屋は帳場のある建物の三階の広間に案内された。ここも眺めがよく、床の間の付いた立派な広間だった。すでにお膳が並び、都八が一人、部屋の隅で壷廻りの女、おかよと何やら楽しそうに話している。「お帰りなさいませ」とおかよは頭を下げると出て行った。後ろ姿を見送りながら、「可愛い娘だ。あれだけの娘は江戸にもそうはいめえ」と津の国屋が笑った。 |
10.謎の文 |
夜が明けた。夢吉はついに帰って来なかった。月麿は一睡もせずに夢吉の帰りを待っていた。中善の宿屋の二階の廊下に座り込み、疲れきった顔で広小路を眺めていた月麿は部屋の方を振り返った。太鼓持ちの藤次が何事か寝言を言っている。湯安の座敷に行ったまま、豊吉と麻吉の二人は帰って来なかった。 |
11.若旦那 |
朝湯に入り、飯炊きの婆さんが用意してくれた朝飯を食べると、津の国屋は豊吉と麻吉を連れて散歩に出掛けた。下男の弥助は津の国屋に休みを貰って、故郷の平塚村に帰って行った。月麿と都八は出掛けて行ったまま、朝飯の時も戻らない。一九はおかよが持って来てくれた草津の絵地図を眺めながら、一人、読本の構想を練っていた。 |
12.龍山の歌 |
「おっ、都八がやってるな」と一九が笑いながら新三郎に言った。桐屋の仲居に案内されて、二人は庭園内を歩いていた。広い庭園には見事な枝振りの松や梅、桜にシャクナゲ、ナナカマドが植えられ、築山がいくつもある中、大小様々な数寄屋造りの離れ座敷が建っている。二人の後、少し遅れて顔色の悪い月麿がうなだれながらついて来る。 |
13.お鈴 |
新三郎の案内で、賽の河原の奥まで見て回った一九は茶屋で一休みしながら、満足そうに描き溜めた手帳の絵を眺めた。熱い湯がブクブクと音を立てて噴き出している鬼の茶釜、河原にいくつも積んである石の五輪の塔、木の葉石、ゆるぎ石、鬼の角力場、さらに奥にある氷谷、すべての景色が充分に読本に使えた。義仲の頃はもっと不気味で恐ろしい所だったに違いない。 |
14.鷺白 |
雲嶺庵は泉水の通りを望む高台の上にあった。庵と呼ぶにふさわしく、それ程、大きな建物ではなく、板葺きの屋根には、やはり石が乗せてあった。手入れの行き届いた庭を通って、縁側の方に行くと話し声が聞こえて来た。丸髷に結った若い女が縁側に腰掛け、鷺白と話をしている。「まあ、湯安さんの若旦那じゃありませんか、いらっしゃいませ」と女は丁寧に頭を下げた。 |
15.義仲伝説 |
一九は朝早くから、新三郎、中沢眺草、横山夕潮と一緒に義仲伝説のある入山村へと向かっていた。昨夜、桐屋で夕飯を食べた時、都八がおかよと一緒に眺草を連れて来た。雨がやんだので、もし、明日も降らなければ、入山村を案内するという。一九もそのつもりだったので、喜んでお願いした。 |
16.解けた謎 |
中善を出た月麿は真っすぐ、通りを挟んだ山十に行って、相模屋がまだいるかどうかを聞いた。山十の番頭は、相模屋は連れの河内屋と一緒に今朝早く、白根山に登ったと答えた。戻って来るんだろうなとしつこく聞くと、お金を預かっているので、必ず戻って来ると言い切った。月麿は安心して、一九がもう帰っているかもしれないと土砂降りの中、湯安に向かった。 |
17.再会 |
雨降る中、薬師堂はひっそりとしていた。石段の上でウロウロしている月麿の他、人影は見えなかった。「おい、夢吉はいねえのか」一九が石段を登りながら声を掛けると、「どこにもいねえ」と情けない顔をして首を振る。「先生、悲しい虫ってえのは、蛙の事かい」「だろうな。今頃、鈴虫は鳴くめえ」 |
18.桐屋の宴 |
内湯に入って濡れた着物を着替えた一九、津の国屋、月麿、都八らは桐屋に行くため、待ち合わせた帳場に向かった。夕飯時なので、おかずを売る者たちが威勢のいい声を掛けながら廊下を歩いている。夢吉に会えて嬉しくてしょうがない月麿は、物売りたちに声を掛けては馬鹿な事を言って笑わせていた。 |
19.湯煙月 |
土砂降りの雨の中、湯安に帰ると主人の安兵衛が深刻な顔をして番頭らと何やら相談をしていた。「例のお客さんがまだ着かないのですか」と一九は聞いた。「これは先生、お帰りなさいませ」 安兵衛は愛想笑いを浮かべながら、頭を下げた。「困った事になりました。無事であってくれればいいのですが‥‥‥」 |
20.一九と麻吉 |
のんびりと朝寝を楽しみ、朝湯に入って、さっぱりした一九と麻吉は飯炊きの婆さんが用意してくれた朝飯を食べていた。今日も雨降り、平兵衛池に行くのは諦めなければならなかった。昨夜、遅くなって都八とおかよは帰って来て隣りの部屋で寝ていたが、朝早く、どこかに行ったきり帰って来ない。津の国屋の旦那はまた、桐屋に泊まったようだった。 |
21.艶本 |
わ印(笑本)と呼ばれる艶本は幕府に禁止されていたので、公然と発売する事はできなかったが、密かに売り出され、巷に出回っていた。有名な浮世絵師は皆、描いているといってもいい程だった。歌麿は『歌まくら』を初めとして、『ねがひの糸ぐち』『小町引』『笑上戸』など三十冊余りもの艶本を描いている。 |
22.相模屋と河内屋 |
昼間から豪勢なものだった。一九と麻吉が月麿と夢吉を誘って桐屋に行くと、昨夜の白根亭にお膳が並んでいた。無縁寺に行っていた善好と藤次、相模屋を見張っていた長次郎もすでに来ていて、土砂崩れに会って亡くなった湯治客の話題で持ち切りだった。「まったく、ひでえもんだぜ」と善好が顔をしかめていた。 |
23.崖崩れ |
雨の降る中、無縁寺には大勢の人が集まって、庭の片隅に建つ小屋の方を見守っていた。津の国屋が小屋の前に立つ番人と掛け合ったが、村役人の許可がないと勝手には見せられないと言う。本堂の方を見ると村役人らしい人々が集まっているようだった。一九たちの姿を認めて、名主の坂上治右衛門が出て来た。 |
24.再び歓迎の宴 |
一九たちが湯安に帰ると別棟にいた京伝たちや、中善にいた麻吉たちも一九たちのいる中屋敷の三階に移っていた。「やあ、先生、俺たちが三階、全部、使ってもいいそうだ」と津の国屋が三味線を鳴らしながら言った。「先生と麻吉は今まで通り、その部屋でいいだろう」と隣りの部屋を示す。「俺と豊吉はここだ。月麿と夢吉は一番奥の部屋にいるぞ」 |
25.蟻の門渡り |
相変わらずの雨降りだった。一九、鬼武、都八、長次郎の四人は山崎屋の捜索を手伝うため、朝飯を食べると蟻の門渡りへと向かった。皆、俺たちの手で見つけ出してやろうと岡っ引気取りで張り切っている。一行が現場に着くとすでに作業は始まっていた。雨の中、泥だらけになって土砂を掘り返している。それを見守っている安兵衛は、伜の新三郎がどこを捜してもいないとぼやいていた。 |
26.謎の男 |
一九たちは茶屋で源蔵親分に死体発見までのあらましを語った。「すると何か、おめえさんが足を滑らせたお陰で、仏さんが見つかったってえんだな」話が終わると親分は長次郎に聞いた。「へい、そうです。傘がどこかに行っちまって、そいつを取りに行って、足にぶつかったんですよ、死人の足に」「成程。すると何だな、傘を取りに行かなかったら、気づかなかったと言うんだな」 |
27.山崎屋 |
草津では一九らが山崎屋の妾の死体を見つけた事が噂になっていた。湯安に帰る途中、源蔵の子分、亀吉と出会った。「謎の男は捕まえたのか」と一九が聞くと、情けない顔をして首を振った。山崎屋の番頭もはっきり、顔まで覚えてはいなかったらしい。年の頃は三十から四十位で、背丈も体格も普通、旅支度ではなく、御納戸色の縦縞の単衣を着ていた。地元の男のような気もするし、湯治客のような気もするとはっきりしなかった。 |
28.捕物 |
いい天気だった。久し振りに、お天道様が顔を出し、すがすがしい朝だった。一九は伝説の平兵衛池に行けると張り切っていた。月麿も夢吉の気分を変えるために、山歩きするのもいいと喜んでいる。桐屋の芸者衆を連れて、みんなで行くつもりだったが、鬼武と善好が急に帰ると言い出した。すると、都八と長次郎の兄弟も一緒に帰ると言う。一九が一日延ばせばいいと言っても聞かなかった。 |
29.平兵衛池 |
「まさか、あいつがあんな事をするとはなア」源蔵親分に連れて行かれる相模屋の後ろ姿を見送りながら津の国屋が言った。「河内屋の奴にそそのかされたんじゃねえのか」と京伝が津の国屋の後ろで言う。「とにかく、一件落着だな」と津の国屋と京伝が茶屋に戻って来た。殺しの下手人は捕まったが、気は晴れなかった。皆、沈んだ顔をして茶屋の中に座っている。夢吉は隅でうなだれ、月麿と麻吉が慰めていた。 |
30.終幕 |
雨降る中、一九たちはみんなに見送られて草津を後にした。江戸に着いたのは五日後の二十五日の暮れ時だった。「ああ疲れた」と言って、我が家に帰るとお民が機嫌よく迎えた。お民の笑顔を見ながら、やっぱり、我が家はいいもんだと一九は酒を飲みながら旅の話をお民に聞かせた。お民はうんうんとうなずきながら、話を聞いていたが、だんだんと顔色が変わって来た。何をたくらんでいるのか、ニヤニヤしている。 |
30.終幕
草津に帰ると、一九たちが山崎屋殺しの下手人を捕まえた手柄話で持ちきりだった。
噂によると、下手人の相模屋は盗賊の親玉で江戸を追われて、手下の河内屋と草津に逃げて来た。商人を装って山十に滞在し、桐屋や美濃屋で遊びながら、狙う屋敷の下調べをしていた。信州へ抜ける逃げ道を調べに行った時、蟻の門渡りで乞食に化けた山崎屋と出会い、自分の身代わりにして谷底にたたき落とす。山崎屋が連れていた妾は乞食のなりをしていても美しい女で、相模屋と河内屋は女の奪い合いとなる。相模屋は河内屋も殺して、谷底に捨て、女を手籠めにして別の所に捨てる。相模屋は別人になり、安心して草津に滞在していた。そのまま逃げてしまえばいいものを、深川から来ていた芸者、夢吉に惚れてしまった相模屋は、なんとしても夢吉をものにしようとたくらみ、京伝、鬼武、一九、月麿たちと平兵衛池に遊びに行った夢吉の後を追う。それが相模屋をおびき出す罠(わな)だった。相模屋は蟻の門渡りで簡単に捕まってしまったという。
相模屋が盗賊の親玉になっていたのには驚いたが、夢吉が相模屋の妾だった事が噂になっていないのは幸いだった。一九たちが草津に戻ると大捕物の主役を一目見ようと人だかりができ、大騒ぎとなった。桐屋に行って一休みするつもりだったが、この人出では身動きもできない。芸者たちと別れて、やっとの事で湯安の壷に帰った。
「まったく、えれえ目にあったなア」と京伝が溜め息をついた。
「先生はあんなのには慣れてるだろうが、わしは初めてだ。なかなかいい気分なものだな」
鬼武が楽しそうに言うと、廊下から下を眺めていた長次郎が、
「まだ、大勢、騒いでますぜ。京伝先生、鬼武先生、一九先生、月麿先生、それと、津の国屋の旦那ってえのは聞こえるが、俺たちの名は知らねえようだ。畜生め」とぼやいた。
「どれどれ」と都八が下を見たが、やはり、都八の名は呼ばれない。
「おめえたちも有名になるこったな」と鬼武が下を見ると、やじ馬たちが三階を指さして、「鬼武先生!」と叫んだ。
「成田屋が来た時もこんな騒ぎだったんだろう」と一九も下を見る。
やじ馬たちが、「一九先生!」と手を振った。
「違えねえや。いや、成田屋ん時ア、もっと女子(おなご)たちがキャーキャー騒いだに違えねえぜ」と津の国屋は笑った。
一風呂浴びて、壷に戻るとやじ馬たちもいなくなっていた。それでも、外に出ればまた集まって来るだろう。飯炊き婆さんに飯を炊いてもらって、今晩は部屋で飯を食おうと言っていた時、おかよに会いに行っていたのか、都八が騒々しくやって来て、
「俺たちのために、また宴を張ってくれるらしい」と酒を飲む真似をした。
「ほう、送別の宴でもやってくれるのか」と京伝が荷物を片付けながら言った。
「いや、そうじゃアねえんで。今日の捕物の事で村役人たちがお礼の宴を張ってくれるんだそうで」
「ほう。すると、村のお偉方が顔を揃えて礼を言うのか」
「そのようで。場所は桐屋で、暮れ六つまでに行ってくれと」
「桐屋か。そいつは丁度いい。春吉に別れが告げられるな」と鬼武は喜ぶ。
「おい、間もなく暮れ六つになるんじゃねえのか」と一服していた津の国屋が外を眺めた。
「へい、それで慌てて知らせに来たんでさア。善好と長次の奴は帳場んとこで待ってやすよ」
「そうか。それなら出掛けるか」と皆、ぞろぞろと桐屋に出掛けた。
29.平兵衛池
「まさか、あいつがあんな事をするとはなア」
源蔵親分に連れて行かれる相模屋の後ろ姿を見送りながら津の国屋が言った。
「河内屋の奴にそそのかされたんじゃねえのか」と京伝が津の国屋の後ろで言う。
「とにかく、一件落着だな」と津の国屋と京伝が茶屋に戻って来た。
殺しの下手人は捕まったが、気は晴れなかった。皆、沈んだ顔をして茶屋の中に座っている。夢吉は隅でうなだれ、月麿と麻吉が慰めていた。
「あいつの言った事、本当なのかな」と藤次がポツリと言った。
「すべて、本当とは言えめえ。自分の都合の悪(わり)い事は誰でも隠すものだ」と鬼武が煙管(きせる)をくわえた。
「噂で聞いたんだが」と藤次がさらに言う。
「相模屋の旦那は上方から来た博奕(ばくち)打ちと霊巌寺(れいがんじ)(深川)裏の賭場(とば)に通ってたらしい。その話を聞いた時、まさかと思ったんだが、どうやら、上方の博奕打ちってえのは河内屋のようだ。案外、博奕につぎ込んで身代(しんでえ)を潰しちまったんじゃアねえのか」
「かもしれんぞ」と津の国屋がうなづいた。
「奴はかみさんが芝居(しべえ)茶屋に相模屋の悪口を言ったんで取り引きが減っちまったとか言ってたが、そんなのは初耳だぜ。それに、奴のかみさんが贔屓(ひいき)の役者を呼んで騒いだというのも聞いた事アねえ。確かに芝居好きでよく通ってたようだが、役者を茶屋に呼んだりはしなかったろう」
「そのおかみさんだけどね、河内屋の旦那とできてたんじゃないの」と豊吉が津の国屋のそばに来て言った。
「この前も、おえんがそんなような事を言ってたな」
「そうなのよ。それであたしも思い出したんだけど、酒屋の若い衆が噂してたのを聞いた事があるのよ。相模屋の旦那が留守の時、河内屋が何度も出入りしていたようよ」
「ほう、そんな噂が立ってたのか‥‥‥夢吉、おめえ、その事を知ってたのか」
津の国屋が聞くと夢吉はうなづいた。
「知ってたわ。清さんが言ってたのよ。お千代の奴、半次とうまくやってるようだって」
「相模屋も知ってたのか」
「知ってたというより、清さんが仕向けたんじゃないかしら」
「おめえの事をうるさく言うんで、河内屋をかみさんに押し付けたってわけか。ひでえ野郎だ」
「それを聞いて、あたし、清さんの事がだんだん信じられなくなってきちゃったのよ」
「あのう」と茶屋の親爺の隣りに座っていたおさのが声を掛けた。
「あたし、相模屋さんの事、あまり知らないんだけど、本当にあの人、身代を潰しちゃったんですか」
「らしいな」と津の国屋が答えた。
「そうは見えなかった。羽振りがよかったし。それに、あの人、桐屋に泊まった時、夢吉さんがどこかに行っちゃったって、やけ酒飲んでひどく酔っ払ったんですよ。その時、あたしの事、夢吉さんと間違えて変な事言ってたわ」
「変な事?」
「ええ。千両箱がおめえんちの庭に埋めてあるんだ。そいつを持って、どこか遠くに逃げようって‥‥‥」
「千両箱が埋めてあるだと。一体、何のこった。夢吉、おめえ、知ってるのか」
月麿が聞くと夢吉は首を振った。
「でも、千両箱の事はあたしにも言ったわ。どこかに隠してあるって。まさか、あのうちの庭に隠したなんて‥‥‥」
「おさの、おめえはその事を相模屋に聞き直したか」と津の国屋が聞く。
「いいえ。何で逃げなくちゃならないのかわからなかったし、なんだか、悪い事を聞いちゃったような気がして黙ってたのよ」
「庭に隠すったって千両箱なんかそう簡単に隠せやしねえだろう。おめえ、何か心当たりはねえのか」
月麿が聞くと夢吉は首を振ったが、何か思い出したらしく顔を上げた。
28.捕物
いい天気だった。久し振りに、お天道(てんとう)様が顔を出し、すがすがしい朝だった。
一九は伝説の平兵衛池に行けると張り切っていた。月麿も夢吉の気分を変えるために、山歩きするのもいいと喜んでいる。
桐屋の芸者衆を連れて、みんなで行くつもりだったが、鬼武と善好が急に帰ると言い出した。すると、都八と長次郎の兄弟も一緒に帰ると言う。一九が一日延ばせばいいと言っても聞かなかった。朝飯を食べると鬼武たちはさっさと荷物をまとめて帰り支度をした。一九たちは新三郎、おかよ、お島と共に鬼武たちを村外れの白根明神まで見送りに出た。
主人の安兵衛は今朝早く、山崎屋の妾、お菊が殺された事件を報告するために岩鼻(いわはな)の代官所に出掛けて行って留守だった。
都八はおかよと、長次郎はお島と悲しい別れを告げていた。鬼武は桐屋の春吉に、善好は矢場のお富によろしく伝えてくれと青空の下、江戸に帰って行った。
残った一九、京伝、津の国屋、月麿、夢吉はそのまま桐屋に向かい、新三郎は父親の代わりに蟻の門渡りへ相模屋の捜索に出掛けて行った。
昨夜、相模屋だと思っていた死体が山崎屋だとわかった。相模屋が生きている可能性もあるが土砂の中に埋まっている可能性もないとは言えない。源蔵親分の子分たちが宿屋を片っ端から当たって相模屋を捜し回り、源蔵親分は昨日に引き続き、蟻の門渡り一帯の捜索を続ける事になった。
桐屋に行くと梅吉、春吉、豊吉、麻吉、おさのが酒と弁当を用意して待っていた。鬼武が江戸に帰った事を知らせると春吉はがっかりとうなだれた。それでも、天気がいいから一緒に行く事になり、地元のおさのの案内で一行は平兵衛池へと向かった。
平兵衛池へは蟻の門渡りを通り、香臭(かぐさ)から芳(よし)ケ平(だいら)へと向かい、途中で右に曲がり常布の滝の上流を渡って湿原を抜けて行く。山の中の静かな沼で、春には山菜が豊富に取れるという。
昔、湯本平兵衛の十七歳になる美しい娘が五月の半ば、女中たちを引き連れて蕨(わらび)狩りに出掛けた。とある綺麗な沼のほとりで一休みした時、お嬢様は喉が渇いたので、水を飲もうと沼に近づいた。水を汲もうとした時、突然、青空が雲に覆われ、薄暗くなって来たと思ったら雨がポツリポツリと降って来た。
女中たちは驚いて雨宿りができそうな木陰へと逃げ惑う。見る間に雨は激しくなり、雷光がきらめき、雷鳴が鳴り響く。女中たちは悲鳴を挙げて木陰に固まった。
辺りはすっかり暗くなり、沼は黒く不気味な波を高く上げている。この世の終わりかと思う程の恐ろしい光景が小半時(こはんとき)(約三十分)も続いたろうか。ようやく、雨も小降りとなり、黒雲も流れ去り、日が差して来た。女中たちはホッと胸を撫で下ろし、皆、助かったと喜びあった。ところが、お嬢様の姿が見当たらない。
さあ大変と女中たちは青くなって捜し回る。お嬢様はどこにもいない。さては沼に沈んでしまったのかと嘆いていると沼の中央が明るく光り出した。その光から波紋が広がり、波が汀(みぎわ)に打ち寄せた。すると沼の中央から龍が現れた。龍は女中たちを見下ろし、お嬢様の声で、わたしはこの沼の主(あるじ)になりました。おまえたちも悲しまないで、早く帰って二親(ふたおや)に知らせて下さいと言ったという。以来、平兵衛池と呼ばれている。