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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 03
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    駒吉



    4.辰巳

     

     

     一九、月麿、村田屋の旦那を乗せて大川(隅田川)を下った猪牙舟(ちょきぶね)は両国橋、新大橋、永代(えいたい)橋をくぐり、深川へと入って行った。行く客、帰る客を乗せた猪牙舟や屋根舟が賑やかに行き交い、夕暮れの中、町の明かりと共に三味線の粋な調子が流れて来る。

    「やっぱり、いいねえ。辰巳(たつみ)に来るなア、ほんと久し振りだア。なんかこう、ゾクゾクして来るぜ」

     月麿が回りを眺めながら、しみじみと言う。

    「そういやア、俺も久し振りだぜ」と一九も右手に見える古石場(ふるいしば)の賑わいを眺める。

    「夢吉がいなくなってからは来てねえような気がするなア」

    「なアに先生」と村田屋の旦那が一九の肩をたたく。

    「娘のような、あんな若えおかみさんを貰えば、わざわざ、こんなとこまで通う事もあるまい。まったく羨(うらや)ましいこった」

    「そんな事アねえ、旦那。若えのはいいが、やかましくてかなわねえよ」

    「何を言ってる。徳の奴からすっかり聞いてますよ、先生とおかみさんの仲がいいのは」

    「あの野郎、また、くだらねえ事を言いやがったな」

    「いやいや、ほんと、結構な事です」

     一九は照れながら、

    「そういえば思い出したが」と話題をそらす。

    「あの頃、仲町(なかちょう)の夢吉と張り合ってた芸者に土橋(どばし)の米八(よねはち)ってえのがいたっけなア。あれは今でもいるのか」

    「いやしませんよ。堀江町辺りの舟宿の女将におさまったらしい。噂では結構、流行(はや)ってるそうです」

    「そうか。しばらく御無沙汰してりゃア、知ってる奴らもいなくなるか」

    「先生、梅吉ってえのを覚えてねえか」と外を眺めていた月麿が一九を振り返った。

    「梅吉‥‥‥おう、そんなのもいたっけなア。小股の切れ上がったいい女だった。確か、梅吉も夢吉や米八と一緒に歌麿師匠の美人絵に描かれたんじゃねえのか」

    「そうでさア。あの頃、夢吉と仲のよかった芸者で、今、そいつが草津にいるんでさア」

    「なに、梅吉は草津に行ったのか」と村田屋の旦那が目を丸くした。

    「そうか、あの梅吉がなア」

    「そういやア、旦那は梅吉が贔屓(ひいき)だったっけ」

     月麿が昔を思い出したように村田屋を見ながらニヤニヤ笑う。

    「いや、あれはなかなかきつい女子(おなご)だった。そうか、草津に行ったのか」

    「てえ事は、夢吉を呼んだのは梅吉だったのか」と一九が月麿に聞く。

    「どうもそうらしい。噂じゃア、梅吉と一緒に春吉と太吉、冬吉ってえのも行ったようだ」

    「春吉は知ってるが、太吉に冬吉ってえのは聞かねえな」

    「俺も知らねえや。夢吉がやめてから売り出した芸者だろう」

     そうこう言う間に、三人を乗せた猪牙舟は仲町河岸に到着した。

     江戸城の辰巳(南東)に位置するため、辰巳と呼ばれる深川は吉原と対抗する盛り場だった。公認の遊郭である吉原と違って、岡場所と呼ばれる未公認の遊里だったが、吉原のように格式ばらず、気楽に遊べるので、当時、吉原以上に人気があった。

    「よう、お出でなさいました。あれまア、一九先生に月麿先生、随分とお久し振りでございますねえ。皆さん、もうお待ちになっております。さアさ、お上がりなさいまし」

     尾花屋の娘分(むすめぶん)(若女将)、お滝に迎えられて、広い座敷に案内されると、お膳を前に皆が顔を揃えて待っていた。

     津の国屋の旦那と山東京伝(さんとうきょうでん)がいるのは聞いていたが、唐来参和(とうらいさんな)に感和亭鬼武(かんわていおにたけ)もいた。

     参和は一九の先輩にあたる戯作者で、本所松井町の娼家(しょうか)の旦那だった。蔦屋(つたや)重三郎の義弟で、一九が蔦屋にいた頃、色々と世話になっている。今は戯作よりも狂歌師として活躍していた。

     鬼武は京伝の門人で戯作者として毎年、黄表紙や読本を発表している。二年前に売り出した読本『自来也説話(じらいやせつわ)』が大いに受けて、一躍、有名作家となっていた。神道無念流(しんとうむねんりゅう)の剣術の使い手で、一橋家(ひとつばしけ)の勘定(かんじょう)役を勤めていたのに、さっさと隠居してしまい、戯作に専念するために侍をやめて町人となった変わり者だった。一九とは気が合い、一九の噺(はなし)の会にも参加し、顔を合わせれば冗談ばかり言い合う遊び仲間であった。京伝から一九たちの草津行きを聞いて、やって来たのだろう。

     他に津の国屋の取り巻き連中の講釈師の乾坤坊良斎(けんこんぼうりょうさい)、一中節(いっちゅうぶし)の三味線弾きの都八造(みやこはちぞう)、太鼓持ちの桜川善好(ぜんこう)がいた。

     挨拶がすみ、席に着くと、

    「いやア、助かりましたよ」と津の国屋の旦那が一九に言った。

     津の国屋伊兵衛は新橋山城河岸の酒屋の主人で、年の頃は四十前後、なかなかの男前で遊び上手、どこに行っても評判のいい旦那だった。

    「実は良斎と善好の二人が急に行けなくなっちまってな、都八(とっぱち)と二人だけで行くのは心細いと思っていたんです。京伝先生から、一九先生と月麿先生が草津に行くと聞いて、こいつは是非、一緒に行きたいと思いまして。先生の『膝栗毛』は実に面白い。一度、お目にかかりたいと思っていたんですよ」

    「いえいえ、こちらこそ。旦那の噂はもう、あちこちで聞いております。お供ができるとは、まったく喜ばしい事で」

    「いや、お供などと思わないで下さい。例の仕事のためと割り切って、気兼ねなく旅を楽しみましょう。いい本ができるのを楽しみにしてますよ」

    「はい。月麿と共に歌麿師匠に負けねえようなのを書くつもりです」

    「そうそう。先生が歌麿師匠と組んで出した『葉男婦舞喜(はなふぶき)』読ませていただきましたよ。いや、見させてもらったと言った方が正しいか。あんな感じで、是非お願いします」

    「旦那、任せといて下せえ」と月麿が自信たっぷりに胸をたたいた。

     津の国屋は満足そうにうなづくと、

    「月麿先生、草津行きの目的はやはり、夢吉ですな」とニヤリとした。

    「そいつはもう」と月麿は神妙な顔付きながらも、負けるものかと心の中は燃えている。

    「わたしも負けやしませんよ。相模屋には負けましたが、今度こそは必ず、ものにするつもりです」

    「いや、あっしだって、今度こそは」

    「恋敵(こいがたき)が一緒なら草津も面白くなる。夢吉の心がどっちに傾くか、ひとつ勝負と行きましょう」

    「望むところだ」と月麿は力強くうなづいた。

    「おい、月麿、草津には狐や狸が多いそうだ。化かされねえようにしろよ」

     京伝が言うと、

    「葛(くず)の葉狐(『芦屋道満大内鑑(あしやどうまんおおうちかがみ)』に出てくる狐)もいるそうだ。騙されるんじゃアねえよ」と鬼武も真顔で言う。

    「先生も鬼武さんもよして下せえよ」

     からかわれている月麿を見て、皆がどっと笑った。

     芸者衆も加わり、宴もたけなわとなった。さすが、津の国屋の座敷だけあって、集まって来た芸者は皆、一流の綺麗どころばかり。目もくらむばかりの美しい女たちが並び、一九も月麿も旅の事などすっかり忘れて、上機嫌で酒を飲んでいる。

     深川には芸者の他に子供と呼ばれる女郎(じょろう)もいるが、この席には子供はいなかった。もともと、女を抱くために来たのではないので当然だが、深川の芸者は転ぶ事でも有名だった。客の口説き方次第では、芸者も客と枕を共にする。もっとも、それにはそれなりの金が必要なのだが、そんな事はお構いなし。津の国屋の旦那がうまく取り計らってくれるだろうと、一九は駒吉という仇(あだ)っぽい芸者を口説き始め、月麿は宮次という、見るからにおきゃんな芸者を口説いていた。

    「夢吉ねえさん、どうして、草津になんか行っちゃったんだろねえ」

     色っぽい仕草で、一九に酌(しゃく)をしながら駒吉が言った。

    「仲町に戻って来ればいいのに」

     酒を飲みながら、一九はいい加減に相槌を打つ。

    「相模屋の旦那はもういけねえのか」と一九が聞くと、

    「噂ではね、もう駄目みたい」と駒吉は首を振った。

    「ほら、あの人、お婿(むこ)さんでしょ。先代の旦那さんに見込まれて婿に入ったんだけど、その旦那さんが亡くなっちゃってからは、うちん中もうまく行ってないらしくて。あの火事のあった時、相模屋さんは留守だったらしいのよ。どうも、北の方で遊んでたみたいね」

    「吉原でか」

     駒吉はうなづき、酌をする。

    「上方(かみがた)の旦那を連れてったんですって。うちが火事になったのも知らないで、翌朝、のんきに帰ってったら、おかみさんは気がふれたようになって旦那さんを責めたそうよ。裏の長屋から出火したから、あっと言う間に相模屋さんに燃え移っちゃって。なぜか、蔵の戸前(とまい)が開いてたんだって。蔵の中の大事な物もみんな燃えちゃって、もう、どうしょうもないんだってさ」

    「土蔵ん中も燃えちまったのか。そいつは大変(てえへん)だア。確か、あの火事は夜中じゃなかったか」

    「そうよ、真夜中だったのよ。付け火の疑いもあるようだけど、まだ、わからないみたい」

    「どうして、蔵の戸前(とめえ)が開いてたんだ」

    「さあ、それがよくわかんないのよ。なんでも、千両箱がなくなってたらしいわ。盗賊に襲われたのかしら」

    「千両箱が盗まれた?」

     一九は首を傾げながら酒を飲む。

    「でも、本当のとこはわからないみたいよ」

     駒吉はしゃべりながら、さりげなく酌をする。

    「おかみさんは千両箱が盗まれたって言うけど、旦那さんはそんな金はなかったって言うの。二年前の大火事の時、立て直すのに全部、使っちゃったらしいのよ」

    「ふーん。どっちが本当だろうな」

    「案外、旦那さんの言い分のが正しいと思うよ。先代の旦那さんが亡くなってから、あの旦那、結構、遊んでたもの。おかみさんに内緒でみんな、使っちゃったんじゃない」

    「成程な。で、相模屋は今、どうなってんだ」

    「おかみさんを親戚に預けて、旦那さんはお金の工面(めんく)に飛び回ってるみたい」

    「大変(てえへん)なこった。奴に跡継ぎはいるのか」

    「それがいないのよ。男の子がいたんだけどね、麻疹(はしか)で亡くなっちゃったの。その悲しみを紛らわせるために遊び歩くようになったらしいわ。それで、夢吉ねえさんと出会って、うまくできちゃったのよ」

    「俺は相模屋の旦那を知らねえんだけど、そんなにいい男なのか」

    「まあ、いい男ね。それに真面目なとこもあるし」

    「その頃、津の国屋の旦那も夢吉に入れあげてたんだろ。津の国屋の旦那も金持ちで色男だが、相模屋の旦那の方がその上を行ってたのか」

    「夢吉ねえさんにすれば、そうだったんでしょうねえ。だって、津の国屋さんは根っからの遊び人でしょ。どこに行ってもキャーキャー騒がれるわ。それに比べて、相模屋さんは夢吉ねえさん一筋だったわ。決して、よそでは遊ばなかったのよ」

    「成程、そういやア、あの頃、深川以外で相模屋の噂を聞いた事もなかったな」

    「夢吉ねえさんは板頭(いたがしら)(売れっ子)だったから、相模屋さんが来たって、すぐには出られない。他の芸者(こ)を呼んで待ってればいいのに、決して、そんな事はしなかった。いつまでも、夢吉ねえさんを待ってたわ」

    「夢吉一筋だったってえわけか」

    「そう。そこんとこに惹(ひ)かれちゃったんじゃない。それにおっ母はんが倒れちゃったし、おっ母はんの看病するためにも、相模屋さんのお世話になった方がいいし」

    「おっ母はんてえのは、実の母親の事か」

    「そうよ。母一人子一人だったからねえ」

    「父親は?」

    「さあ、知らないわ。ねえさんから聞いた事もない。色々と訳ありなんでしょ」

    「ところで、月麿の方はどうだったんだ。奴も気違えのように夢吉に入れあげてたが」

    「嫌いじゃなかったようよ。でも、あの頃の月麿さんはまだ一人前じゃなかったし」

    「身請けする程の金もねえしな」

    「そうね」と笑いながら、駒吉は月麿の方を見る。一九も見ると、宮次を相手に鼻の下を伸ばして、でれでれしている。馬鹿な奴だと思いながら、一九は酒を飲み、駒吉と顔を見合わせて笑う。

    「夢吉は相模屋と別れ、改めて、出直しするために草津に行ったのかな」

    「なにもそんなとこ行かなくても、ここで出直しすればいいのに」

    「夢吉には夢吉なりの考(かんげ)えがあるんだろう。旦那があんな目に会って、すぐに座敷に出るわけにも行くめえ。かと言って、旦那と別れたら、食うためにも何かをしなけりゃならねえ。うめえ具合に草津にいる梅吉から誘いがかかって行く事に決めたんだろう」

    「そうか、そうよね。いくら別れたと言ったって旦那があんな惨(みじ)めな目に会ってれば、お座敷には出られないわ。出たら、それこそ、恩知らずって言われるわねえ」

    「そういう事だな」

    「でも、別れた途端に、津の国屋さんや月麿さんが追いかけてくなんて、夢吉ねえさんも幸せ者ですよ」

    「どっちが勝つと思う?」

    「そんな事わかりゃアしませんよ。ねえさん、まだ、相模屋さんの事を思ってるかもしれないし」

    「そうか。その手もありだな」

    「ねえ、先生」と駒吉は酌をすると膝を崩して一九にもたれ掛かる。

    「今度、辰巳を舞台に洒落本(しゃれぼん)を書いて下さいな」

    「ここを舞台(ぶてえ)にか。京伝先生が昔、ここを舞台に書いたが、ありゃもう十年、いや、もっと前(めえ)の事か」

    「それで、京伝先生は手鎖五十日になっちゃったんでしょ」

    「そうだ。こういうとこを舞台に書くとお上がうるせえからな」

    「もう大丈夫なんじゃない。三馬(さんば)先生がこの間、書いたでしょ」

    「うむ、確かに三馬は前に書いた『辰巳婦言(たつみふげん)』の続編を一昨年と去年、続けざまに売り出した。しかし、お上を恐れて三馬とは名乗らなかったんだ。四季山人だの猪牙散人(ちょきさんじん)だのと名乗ってんだよ。まあ、お咎(とが)めはなかったようだががな。奴もよくやるぜ」

    「でも、三馬先生が書いたのは古石場の三河屋さんでしょ。先生、仲町を舞台に面白いのを書いて下さいな」

    「書くのはいいが、書くとなると毎晩、おめえんとこに通わなくちゃならねえからなア」

    「先生、どうぞ、通って下さい。先生が通ってくれたら、わちきアもう、他のお座敷なんかほっぽって、すぐに飛んで来ますよ」

    「嬉しい事を言ってくれるねえ」

    「嘘じゃありませんよ。きっと、通って下さいよ」

     駒吉は一九の手を握りながら、色っぽい目で一九を見つめる。一九も駒吉の手を握り返して、嬉しそうに何度もうなづく。

    「わちきアほんと、前から先生の黄表紙に夢中だったんですよ」

     芸者たちが華麗に踊り、都八(とっぱち)が一中節を語りだし、善好が役者の声色(こわいろ)を披露すると、良斎も負けじと講釈を始め、賑やかな深川の夜は更けて行く。

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