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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2017 . 03
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    吉原の花魁
     


     一九たちが湯安に帰ると別棟(べつむね)にいた京伝たちや、中善にいた麻吉たちも一九たちのいる中屋敷の三階に移っていた。

    「やあ、先生、俺たちが三階(さんけえ)、全部、使ってもいいそうだ」と津の国屋が三味線を鳴らしながら言った。

    「先生と麻吉は今まで通り、その部屋でいいだろう」と隣りの部屋を示す。

    「俺と豊吉はここだ。月麿と夢吉は一番奥の部屋にいるぞ」

     一九たちのいる三階には八つの八畳間があった。京伝たちや麻吉たちが来たとはいえ、八部屋も使えるとは充分すぎる広さだった。

    「わしの荷物はどうした」と鬼武が聞いた。

    「先生の荷物もちゃんと持って来てあるわよ。先生の部屋はこの奥よ」と豊吉が教える。

    「そうか、すまんな」と鬼武は自分の部屋に行った。

     都八と長次郎も指定された部屋に入った。一九も今まで使っていた部屋に入った。その部屋に麻吉はいなかったが、一番奥の部屋に夢吉と一緒にいるのが見えた。

    「夢吉の様子はどうだ」

     一九は濡れた着物を着替えながら津の国屋に聞いた。

    「かなり、参ってるようだ。たとえ別れたにしろ、今まで、ずっと世話になってたんだからな。奴が死んだのは夢吉にゃア何の関係もねえんだが、自分を責めてるようだ。今は何を言っても無駄だろう。夢吉の事は月麿に任せておきゃアいい」

    「そうだな。あまりにも突然だったからなア」

     乾いた着物に着替えた一九は津の国屋の部屋に行って、一服つける。津の国屋も三味線を豊吉に渡して、煙管を取り出しながら、

    「山の方はどうだった。山崎屋とやらは見つかったのか」と一九に聞いた。

    「いや、まだだ。相模屋の名と紋(もん)の入った手拭いと山十で借りた番傘(ばんがさ)、それと桐屋の名の入った一升どっくりが見つかったくれえだ。山崎屋に関する物は何も見つからねえ」

    「それだけ揃ったら相模屋に決まりだな。村役人たちも二人だと決めて、山十に残された荷物を調べたようだ。大(てえ)した物はなかったそうだが、帳場には二十両、預けてあったらしい。かなり遊んでたようだから、桐屋や美濃屋の払いを済ませりゃア大して残らねえが、宿代も払えるし、その他の費用も賄(まかな)えるだろうと村役人たちは内心、喜んでたようだ。死んだ奴がろくに銭を持ってねえと村で負担しなきゃアならねえそうだ」

    「へえ、二十両も預けてたのか」

    「実際はもっと隠し持ってたのかもしれねえ。今頃、土砂の中で眠ってるのさ」

    「山崎屋さんも土砂の中で眠ってるのかしら」と豊吉がほつれ毛をかき上げながら言った。

    「ひでえ土砂崩れだった。あの土砂をすべて掘り返(けえ)すとなるとかなりの時がかかるだろう」

    「噂で聞いたんだが、山崎屋の妾ってえのはかなりの代物(しろもん)らしいじゃねえか。その女も相模屋みてえに傷だらけの泥人形になっちまうたア可哀想な事だ、勿体(もってえ)ねえ」

    「もしかしたら、わたいたちがその泥人形になってたのよ。まったく、恐ろしい事よ」

    「違えねえ。今頃、掘り起こされて、無縁寺の冷てえ石櫃(いしびつ)の中で寝ていらア」

    「やめてよ、旦那。気色わるい」

    「旦那、源蔵親分の子分が桐屋にも行ったんじゃねえのか」

    「ああ、来たよ。おさのとおえんから話を聞いて、仏さんの確認をさせた。でも、夢吉の事は大丈夫だ。やっこさんが来る前に口止めしておいたからな。相模屋と夢吉の関係がばれる事アねえだろう」

    「そうか、助かった。夢吉にあんな相模屋の姿は見せられねえ」

    「ああ。あんなのを見たら気がふれちまうかもしれねえ」

    「そうよねえ、遺体を見に行ったおさのさんとおえんさん、真っ青な顔をして帰って来たものね」

    「豊国(とよくに)師匠が描いた京伝先生の読本(よみほん)の挿絵に出て来る化け物よりもひでえよ」

    「なんだか、可哀想ね」

     麻吉がお帰りなさいと顔を出して、一九の隣りに座り込む。

    「まったく、夢吉ねえさんも大変な目に会うわねえ。相模屋さんも何も、こんなとこで死ななくてもいいのにさ。やっと、月麿さんとうまく行くと思ってたのに、突然、死んじゃうもんだから、もう、すっかり落ち込んじゃって、何を言っても全然だめ。一体、どうしたらいいのさ」

    「しばらく、放っておくしかあるめえ」と一九は首を振った。

     そうねと言うように麻吉はうなづく。

     湿っぽい雰囲気を吹き飛ばすように、

    「おう、そうだ」と津の国屋が急に思い出したように言う。

    「先生、今晩、京伝先生と鬼武先生の歓迎の宴をやるそうだ」

    「ああ、その事は湯安の旦那から聞いた。その前にちょっと湯に入って来らア」

    「ねえ、わちきも行く」と麻吉が言った。

    「おいおい、おめえも宴に出るんだぜ。そろそろ支度した方がいいんじゃアねえのか」

    「わちきゃア今日はお客様、芸者じゃないのさ」

    「へっ、かみさん気取りでいやがる」

     麻吉は舌を出すと、

    「ねえ、あんた」と一九の手を取り、いそいそと内湯に出掛けた。

     宴会は前回と同じ上屋敷の三階だった。一九たちが行くとすでに桐屋の芸者衆が出迎え、前回と同じく、鷺白(ろはく)、菅菰(かんこ)、眺草(ちょうそう)、夕潮(せきちょう)の四人が顔を揃えていた。名主の坂上治右衛門と主の安兵衛はいなかった。

     一同が席に着くと、鷺白の歓迎の挨拶で宴は始まった。今回の主役は京伝と鬼武だった。二人が書いた読本の話に話題は集中していた。さすが、四人とも読本には詳しく、様々な事を聞いては京伝と鬼武を喜ばせていた。

     京伝が今、売り出している曲亭(きょくてい)馬琴(ばきん)の話をしている時、安兵衛が現れて、簡単な挨拶をして去って行った。

     安兵衛が去った後、土砂崩れの話になったが、すぐにまた、馬琴の話題に戻った。そして、馬琴の読本の挿絵を描いている葛飾北斎(かつしかほくさい)の話となった。四人の地元の先生方は馬琴や北斎の若い頃の話を興味深そうに聞いていた。

     いつの間にか、読本から洒落本(しゃれぼん)へと話題が移り、吉原の話となった。そうなると今まで黙って聞いていた一九や都八、太鼓持ちの善好や藤次も話に乗って来た。

     都八が三味線で吉原の清掻(すががき)を始めると芸者たちが花魁(おいらん)の真似をして見せた。藤次が有名な花魁たちの声色(こわいろ)をして皆を笑わせ、続いて、深川へと話題は移る。

     待ってましたと豊吉と麻吉が今の流行(はや)りの踊りを披露する。負けじと地元の芸者衆も踊りだす。宴もたけなわとなり、皆が大騒ぎしていたが、夢吉と月麿だけは場違いのようにおとなしかった。やがて、月麿が夢吉を伴って座敷から出て行った。二人を見守っていた一九もそっと抜け出して、二人を追った。

    「どうした。もう、帰(けえ)るのか」

    「あっ、先生、どうも、夢吉の奴が気分が悪(わり)いって言うもんで」

    「そうか。顔色がよくねえな。あまり、自分を責めるんじゃねえよ。相模屋の事はおめえにゃア、何の関係もねえんだ」

    「ええ」と夢吉は言ったがうつむいたままだった。

    「先生、すまねえが先に引き上げるよ。みんなに心配しねえように言ってくれ」

    「わかった」

     一九は二人を見送ると座敷に戻った。

    「大丈夫かしら、夢吉ねえさん」と麻吉が席に戻った一九に小声で聞いた。

    「大丈夫とは言えねえが、どうする事もできねえ。時の流れに任せるより仕方ねえだろう」

    「そうよね。ねえさんもついてないわ。おっ母はんが倒れなかったら、相模屋さんのお妾にならなくてもすんだのに‥‥‥」

    「でも、そのおっ母はんは相模屋のお陰で助かったんだろう」

    「そりゃそうだけど。だって、おっ母はんが倒れなけりゃ月麿さんと一緒になってたかもしれないでしょ」

    「そうかもしれねえが、あの頃の月麿はまだ遊び癖が抜けてねえ。うまく行かねえで別れる事になったかも知れねえよ」

    「そうかしら」

    「お互(たげ)え、四年間を別々に暮らしたのが、返っていいのかもしれねえ。お互えに大人になったし、今の二人なら何だって乗り越えられるような気がするぜ」

    「そうか、そうよね。二人とも四年経っても好き同士なんだもんね。きっと、今度の事だって乗り越えられるわね」

    「そうさ。そうでなきゃア、せっかく会わせてやったみんなに申し訳が立たねえだろう」

    「いいなア、わちきもそんな人に巡り会いたいよ」

    「おめえなら、いい男が見つかるさ」

    「先生でもいいんだけどね。もう少し早く、こうなってたらよかった」

    「そうだな。お民に会う前におめえとうまく行ってたら、おめえをかみさんにしたかもしれねえ」

    「いいよ、先生、無理しなくても。わちきゃア旅先のおかみさんでいいのさ」

     麻吉は淋しそうに笑うと盃をあけて一九に返した。

     ♪うつむく襟(えり)の紫は
              紅(もみ)と中よく思い合う
           逢うは別れの基(もとい)とは
                 誰(た)が教え初(そ)め説き初めし~

     都八が吉原を舞台にした一中節を唄い、豊吉が一人で踊っていた。麻吉は急に席を立つと豊吉と一緒に踊り始めた。

     四つ(午後十時)近く、宴はお開きとなり、四人の先生方は帰って行った。桐屋の芸者衆は京伝の相方(あいかた)の梅吉、鬼武の相方の春吉、藤次の相方のお糸は残り、他の者たちは帰って行った。善好はいつの間にか、矢場(やば)の女、お富を連れ込んでいた。

     宴会の後片付けをするために壷廻りの女たちが入って来た。おかよもお島もいた。都八と長次郎は二人の仕事が早く終わるようにと手伝っていた。

    「見て、兄弟揃ってまめだこと」と麻吉が笑った。

    「まったくだ。よくやるぜ。あの二人は江戸に連れて帰らねえで、ここに残してく事にするか」

    「結構、立派な番頭さんになるかもね」

    「違えねえ」

     一九と麻吉が中屋敷の三階に戻ると月麿と夢吉の部屋から笑い声が聞こえて来た。覗いて見ると、皆がその部屋に集まっていた。皆、夢吉の事を心配して、何とか慰めようとやって来たようだった。

    「もう、大丈夫、心配かけてごめんなさい」と夢吉が少し腫(は)れた目をして言っていた。

    「夢吉ねえさんに泣きっ面は似合わねえよ。昔のように仇(あだ)っぽくなくちゃアいけねえや」と藤次が昔の夢吉の威勢のいい啖呵(たんか)を切って、皆を笑わせた。

    「やだよ、藤次さん。あたしゃアそんな口を利いた覚えはないよ」と夢吉も笑いながら言う。

    「いやア、あの頃のねえさんは威勢よかった。土地の地廻(じまわ)りでさえ、恐れをなしたもんだア」

    「嘘ばっかりお言いでないよ」

    「いや、ほんとでさア。あっしなんざア怖くって近寄る事さえできなかった」

    「まったく、藤次さんたら、いい加減におしよ」

    「出ましたね。ねえさんの『いい加減におしよ』を久し振りに聞かせてもらいやした」

    「そう言やア思い出した」と一九が部屋に入りながら言った。

    「俺も夢吉から『いい加減におしよ』って言われた口だ」

    「先生まで、何言ってんですか。もう、いやねえ」

    「俺なんざ、何度言われたか、数えきれねえ」と月麿が言うと、皆がどっと笑った。

     夢吉が元気になってよかったと皆、安心して各自の部屋へと納まった。

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