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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2017 . 03
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    喜多川月麿筆 上州草津温泉略図

     

    30.終幕

     

     

     草津に帰ると、一九たちが山崎屋殺しの下手人を捕まえた手柄話で持ちきりだった。

     噂によると、下手人の相模屋は盗賊の親玉で江戸を追われて、手下の河内屋と草津に逃げて来た。商人を装って山十に滞在し、桐屋や美濃屋で遊びながら、狙う屋敷の下調べをしていた。信州へ抜ける逃げ道を調べに行った時、蟻の門渡りで乞食に化けた山崎屋と出会い、自分の身代わりにして谷底にたたき落とす。山崎屋が連れていた妾は乞食のなりをしていても美しい女で、相模屋と河内屋は女の奪い合いとなる。相模屋は河内屋も殺して、谷底に捨て、女を手籠めにして別の所に捨てる。相模屋は別人になり、安心して草津に滞在していた。そのまま逃げてしまえばいいものを、深川から来ていた芸者、夢吉に惚れてしまった相模屋は、なんとしても夢吉をものにしようとたくらみ、京伝、鬼武、一九、月麿たちと平兵衛池に遊びに行った夢吉の後を追う。それが相模屋をおびき出す罠(わな)だった。相模屋は蟻の門渡りで簡単に捕まってしまったという。

     相模屋が盗賊の親玉になっていたのには驚いたが、夢吉が相模屋の妾だった事が噂になっていないのは幸いだった。一九たちが草津に戻ると大捕物の主役を一目見ようと人だかりができ、大騒ぎとなった。桐屋に行って一休みするつもりだったが、この人出では身動きもできない。芸者たちと別れて、やっとの事で湯安の壷に帰った。

    「まったく、えれえ目にあったなア」と京伝が溜め息をついた。

    「先生はあんなのには慣れてるだろうが、わしは初めてだ。なかなかいい気分なものだな」

     鬼武が楽しそうに言うと、廊下から下を眺めていた長次郎が、

    「まだ、大勢、騒いでますぜ。京伝先生、鬼武先生、一九先生、月麿先生、それと、津の国屋の旦那ってえのは聞こえるが、俺たちの名は知らねえようだ。畜生め」とぼやいた。

    「どれどれ」と都八が下を見たが、やはり、都八の名は呼ばれない。

    「おめえたちも有名になるこったな」と鬼武が下を見ると、やじ馬たちが三階を指さして、「鬼武先生!」と叫んだ。

    「成田屋が来た時もこんな騒ぎだったんだろう」と一九も下を見る。

     やじ馬たちが、「一九先生!」と手を振った。

    「違えねえや。いや、成田屋ん時ア、もっと女子(おなご)たちがキャーキャー騒いだに違えねえぜ」と津の国屋は笑った。

     一風呂浴びて、壷に戻るとやじ馬たちもいなくなっていた。それでも、外に出ればまた集まって来るだろう。飯炊き婆さんに飯を炊いてもらって、今晩は部屋で飯を食おうと言っていた時、おかよに会いに行っていたのか、都八が騒々しくやって来て、

    「俺たちのために、また宴を張ってくれるらしい」と酒を飲む真似をした。

    「ほう、送別の宴でもやってくれるのか」と京伝が荷物を片付けながら言った。

    「いや、そうじゃアねえんで。今日の捕物の事で村役人たちがお礼の宴を張ってくれるんだそうで」

    「ほう。すると、村のお偉方が顔を揃えて礼を言うのか」

    「そのようで。場所は桐屋で、暮れ六つまでに行ってくれと」

    「桐屋か。そいつは丁度いい。春吉に別れが告げられるな」と鬼武は喜ぶ。

    「おい、間もなく暮れ六つになるんじゃねえのか」と一服していた津の国屋が外を眺めた。

    「へい、それで慌てて知らせに来たんでさア。善好と長次の奴は帳場んとこで待ってやすよ」

    「そうか。それなら出掛けるか」と皆、ぞろぞろと桐屋に出掛けた。

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    平兵衛池

     

    29.平兵衛池

     

     

    「まさか、あいつがあんな事をするとはなア」

     源蔵親分に連れて行かれる相模屋の後ろ姿を見送りながら津の国屋が言った。

    「河内屋の奴にそそのかされたんじゃねえのか」と京伝が津の国屋の後ろで言う。

    「とにかく、一件落着だな」と津の国屋と京伝が茶屋に戻って来た。

     殺しの下手人は捕まったが、気は晴れなかった。皆、沈んだ顔をして茶屋の中に座っている。夢吉は隅でうなだれ、月麿と麻吉が慰めていた。

    「あいつの言った事、本当なのかな」と藤次がポツリと言った。

    「すべて、本当とは言えめえ。自分の都合の悪(わり)い事は誰でも隠すものだ」と鬼武が煙管(きせる)をくわえた。

    「噂で聞いたんだが」と藤次がさらに言う。

    「相模屋の旦那は上方から来た博奕(ばくち)打ちと霊巌寺(れいがんじ)(深川)裏の賭場(とば)に通ってたらしい。その話を聞いた時、まさかと思ったんだが、どうやら、上方の博奕打ちってえのは河内屋のようだ。案外、博奕につぎ込んで身代(しんでえ)を潰しちまったんじゃアねえのか」

    「かもしれんぞ」と津の国屋がうなづいた。

    「奴はかみさんが芝居(しべえ)茶屋に相模屋の悪口を言ったんで取り引きが減っちまったとか言ってたが、そんなのは初耳だぜ。それに、奴のかみさんが贔屓(ひいき)の役者を呼んで騒いだというのも聞いた事アねえ。確かに芝居好きでよく通ってたようだが、役者を茶屋に呼んだりはしなかったろう」

    「そのおかみさんだけどね、河内屋の旦那とできてたんじゃないの」と豊吉が津の国屋のそばに来て言った。

    「この前も、おえんがそんなような事を言ってたな」

    「そうなのよ。それであたしも思い出したんだけど、酒屋の若い衆が噂してたのを聞いた事があるのよ。相模屋の旦那が留守の時、河内屋が何度も出入りしていたようよ」

    「ほう、そんな噂が立ってたのか‥‥‥夢吉、おめえ、その事を知ってたのか」

     津の国屋が聞くと夢吉はうなづいた。

    「知ってたわ。清さんが言ってたのよ。お千代の奴、半次とうまくやってるようだって」

    「相模屋も知ってたのか」

    「知ってたというより、清さんが仕向けたんじゃないかしら」

    「おめえの事をうるさく言うんで、河内屋をかみさんに押し付けたってわけか。ひでえ野郎だ」

    「それを聞いて、あたし、清さんの事がだんだん信じられなくなってきちゃったのよ」

    「あのう」と茶屋の親爺の隣りに座っていたおさのが声を掛けた。

    「あたし、相模屋さんの事、あまり知らないんだけど、本当にあの人、身代を潰しちゃったんですか」

    「らしいな」と津の国屋が答えた。

    「そうは見えなかった。羽振りがよかったし。それに、あの人、桐屋に泊まった時、夢吉さんがどこかに行っちゃったって、やけ酒飲んでひどく酔っ払ったんですよ。その時、あたしの事、夢吉さんと間違えて変な事言ってたわ」

    「変な事?」

    「ええ。千両箱がおめえんちの庭に埋めてあるんだ。そいつを持って、どこか遠くに逃げようって‥‥‥」

    「千両箱が埋めてあるだと。一体、何のこった。夢吉、おめえ、知ってるのか」

     月麿が聞くと夢吉は首を振った。

    「でも、千両箱の事はあたしにも言ったわ。どこかに隠してあるって。まさか、あのうちの庭に隠したなんて‥‥‥」

    「おさの、おめえはその事を相模屋に聞き直したか」と津の国屋が聞く。

    「いいえ。何で逃げなくちゃならないのかわからなかったし、なんだか、悪い事を聞いちゃったような気がして黙ってたのよ」

    「庭に隠すったって千両箱なんかそう簡単に隠せやしねえだろう。おめえ、何か心当たりはねえのか」

     月麿が聞くと夢吉は首を振ったが、何か思い出したらしく顔を上げた。

    矢沢川にかかる吊り橋

     

    28.捕物

     

     

     いい天気だった。久し振りに、お天道(てんとう)様が顔を出し、すがすがしい朝だった。

     一九は伝説の平兵衛池に行けると張り切っていた。月麿も夢吉の気分を変えるために、山歩きするのもいいと喜んでいる。

     桐屋の芸者衆を連れて、みんなで行くつもりだったが、鬼武と善好が急に帰ると言い出した。すると、都八と長次郎の兄弟も一緒に帰ると言う。一九が一日延ばせばいいと言っても聞かなかった。朝飯を食べると鬼武たちはさっさと荷物をまとめて帰り支度をした。一九たちは新三郎、おかよ、お島と共に鬼武たちを村外れの白根明神まで見送りに出た。

     主人の安兵衛は今朝早く、山崎屋の妾、お菊が殺された事件を報告するために岩鼻(いわはな)の代官所に出掛けて行って留守だった。

     都八はおかよと、長次郎はお島と悲しい別れを告げていた。鬼武は桐屋の春吉に、善好は矢場のお富によろしく伝えてくれと青空の下、江戸に帰って行った。

     残った一九、京伝、津の国屋、月麿、夢吉はそのまま桐屋に向かい、新三郎は父親の代わりに蟻の門渡りへ相模屋の捜索に出掛けて行った。

     昨夜、相模屋だと思っていた死体が山崎屋だとわかった。相模屋が生きている可能性もあるが土砂の中に埋まっている可能性もないとは言えない。源蔵親分の子分たちが宿屋を片っ端から当たって相模屋を捜し回り、源蔵親分は昨日に引き続き、蟻の門渡り一帯の捜索を続ける事になった。

     桐屋に行くと梅吉、春吉、豊吉、麻吉、おさのが酒と弁当を用意して待っていた。鬼武が江戸に帰った事を知らせると春吉はがっかりとうなだれた。それでも、天気がいいから一緒に行く事になり、地元のおさのの案内で一行は平兵衛池へと向かった。

     平兵衛池へは蟻の門渡りを通り、香臭(かぐさ)から芳(よし)ケ平(だいら)へと向かい、途中で右に曲がり常布の滝の上流を渡って湿原を抜けて行く。山の中の静かな沼で、春には山菜が豊富に取れるという。

     昔、湯本平兵衛の十七歳になる美しい娘が五月の半ば、女中たちを引き連れて蕨(わらび)狩りに出掛けた。とある綺麗な沼のほとりで一休みした時、お嬢様は喉が渇いたので、水を飲もうと沼に近づいた。水を汲もうとした時、突然、青空が雲に覆われ、薄暗くなって来たと思ったら雨がポツリポツリと降って来た。

     女中たちは驚いて雨宿りができそうな木陰へと逃げ惑う。見る間に雨は激しくなり、雷光がきらめき、雷鳴が鳴り響く。女中たちは悲鳴を挙げて木陰に固まった。

     辺りはすっかり暗くなり、沼は黒く不気味な波を高く上げている。この世の終わりかと思う程の恐ろしい光景が小半時(こはんとき)(約三十分)も続いたろうか。ようやく、雨も小降りとなり、黒雲も流れ去り、日が差して来た。女中たちはホッと胸を撫で下ろし、皆、助かったと喜びあった。ところが、お嬢様の姿が見当たらない。

     さあ大変と女中たちは青くなって捜し回る。お嬢様はどこにもいない。さては沼に沈んでしまったのかと嘆いていると沼の中央が明るく光り出した。その光から波紋が広がり、波が汀(みぎわ)に打ち寄せた。すると沼の中央から龍が現れた。龍は女中たちを見下ろし、お嬢様の声で、わたしはこの沼の主(あるじ)になりました。おまえたちも悲しまないで、早く帰って二親(ふたおや)に知らせて下さいと言ったという。以来、平兵衛池と呼ばれている。

    湯本安兵衛の子孫が経営する旅館「日新館」

     

    27.山崎屋

     

     

     草津では一九らが山崎屋の妾(めかけ)の死体を見つけた事が噂になっていた。

     湯安に帰る途中、名主の坂上治右衛門の宿屋の前で源蔵の子分、亀吉と出会った。

    「謎の男は捕まえたのか」と一九が聞くと、情けない顔をして首を振った。

    「簡単に見つかるだんべえって思ったんだが、うまく行きませんや」

     山崎屋の番頭もはっきり、顔まで覚えてはいなかったらしい。傘も差さず、手拭いを頬被(ほおかむ)りして、着物はびしょ濡れだった。年の頃は三十から四十位で、背丈も体格も普通、旅支度ではなく、御納戸(おなんど)色(くすんだ藍色)の縦縞(たてじま)の単衣(ひとえ)を着ていた。地元の男のような気もするし、湯治客のような気もするとはっきりしなかった。それだけの手掛かりでは見つかりそうもなかった。

    「頼りにならねえ子分どもだ」

     亀吉と別れると鬼武が言った。

    「俺たちがその番頭から聞いた方が、何かがわかるかもしれねえ」

     都八は長次郎を誘って、番頭に会いに飛んで行った。

    「あの二人、すっかり、岡っ引気取りだぜ」

     一九と鬼武が湯安に帰ると帳場の前で、二人が山崎屋の番頭を捕まえて、質問攻めにしていた。番頭はずっと眠っていないのか、疲れ切った顔をして都八たちに話していた。妾の死体を見つけてくれたので仕方がないといった顔付きだった。一九と鬼武もそばまで行って番頭の話を聞いた。

    「思い出そうとはするんですけど、どうしてもはっきりと思い出せないんですよ」

    「頬被りしていた手拭いってえのはどんなだったんだ」と都八が聞いた。

    「どんなと言われても、どこにでもあるような普通の手拭いで‥‥‥」

    「何か模様とか絵があったろう」

    「へい、あったとは思うんですけど‥‥‥なにしろ、旦那の事が心配だったもんですから」

    「その男がその旦那を殺したかもしれねえんだぜ」

    「へい。しかし‥‥‥もう一度会えばわかるかもしれませんが‥‥‥」

    「その男は何も持っちゃアいなかったんだな」と鬼武が聞いた。

    「へい。何も持ってはいません」

    「しゃべり方はどうだった。上州弁だったか、それとも、上方訛(かみがたなま)りだったとか」

    「いえ、とくに訛りはなかったと思いますが‥‥‥そういえば、あなた方のように江戸のお人かもしれませんねえ。なんとなく、早口だったような気がいたします」

    「江戸者か‥‥‥」

    「いえ、確かな事はわかりませんが、なんとなく、そんな気が‥‥‥」

     それ以上は何もわからなかった。

    野生のカモシカ

     

    26.謎の男

     

     

     一九たちは茶屋で源蔵親分に死体発見までのあらましを語った。

    「すると何か、おめえさんが足を滑らせたお陰で、仏さんが見つかったってえんだな」

     話が終わると親分は長次郎に聞いた。

    「へい、そうです。傘がどこかに行っちまって、そいつを取りに行って、足にぶつかったんですよ、死人(しびと)の足に」

    「成程。すると何だな、傘を取りに行かなかったら、気づかなかったと言うんだな」

    「ええ、そんなの気づきませんよ。足にぶつかった時だって、初め、蛇か何かだと思ったんですから」

    「そうか。雨が降り続いたお陰で、狼(おおかみ)に食われなくてよかった」

    「えっ、この辺りは狼が出るんですか」と長次郎が驚いた。

    「狼だけじゃねえ。熊も猪(いのしし)もカモシカも出て来る。勿論、狸や狐は当然いる。雨が降り続いたんで死人の臭いを消してくれたのかもしれねえ。ところで、先生たちはどうして、あんなとこを捜してたんですかい」

    「そいつは別に理由はない」と鬼武が濁り酒を一口飲むと言った。

    「崖崩れの現場は大勢の者たちが捜してるんで、わしたちの出る幕はねえと思ったんだ」

    「成程な」とうなづきながら、親分はジロリと鋭い目で鬼武を見る。

     鬼武はそんな事は一向に気にせず、話を続けた。

    「乞食の二人はここの親爺に見られている。という事はここまでは無事だった事になる。それで、ここから草津に行くまでのどこかにいるだろうと捜してみたんだ。それが以外にも早く見つかったってえ事だ」

    「親分」と一九が口を挟んだ。

    「ここの親爺に聞いたんだが、死んだ二人がここを出てった後、乞食の二人が通ったらしいが、その後は誰も通らなかったそうだ」

    「なに、そいつは本当なのか」と源蔵が釜(かま)の側で神妙に座っている親爺を見た。

    「へい、本当の事でございます」

     親爺はかしこまって、頭を下げる。

    「間違えねえんだな」

    「間違えありやせん。二人の江戸者がしばらく雨宿りしていて、出てった後、乞食二人が山の方から来て草津の方に行きやした。その後、あっしが店を閉めるまで人っ子一人来やしません」

    「となるとどうなるんでえ」と親分は一九たちを見た。

    「あの二人があの女を殺して、その後、崖崩れに会って死んだとしか考えられませんねえ」

    「くそっ、なんてこった。下手人は死んじまったのか」

    「ばちが当たったんだな」と都八が湯飲みを指で弾いた。

    「草津から来た奴にやられたんかもしれねえぜ」

     鬼武が外を眺めながら言った。

    「滝を見に行こうと草津から来て、途中で雨に振られて、どこかの木の下で雨宿りをしていた。そこに乞食の二人がやって来た。見れば汚え格好はしてるがいい女だ。乞食なんか何したって構うものかと、男の乞食を殺し、女を手籠めにして殺した。乞食とはいえ、人殺しをして恐ろしくなって、滝を見るのはやめて草津に引き上げたのかもしれねえ」

    「それもありえるな」と一九はうなづく。

    「ちょっと待て」と源蔵が手を上げた。

    「誰かがいたはずだぜ」と何かを思い出したかのようだった。

    「あの日、山崎屋の番頭が乞食の二人を待ってたんだ。草津の外れまで行って待ってたら、びしょ濡れになった男がやって来て、番頭に崖崩れの事を教えたらしい。番頭は心配になって、現場まで行こうとしたが途中で暗くなっちまって引き上げて来たそうだ」

    「その番頭なら、あっしも帰る途中に会いましたぜ」と親爺が言った。

    「提燈(ちょうちん)も持たねえで山に行こうとしてたから、やめとけって言ってやったんだ」

    「おい、親爺、草津から来た者もいなかったんだな」と鬼武が聞く。

    「へい。雨が振り出してから来た者は誰もいやしませんや」

    「となると、その男は草津から蟻の門渡りまで行った事は確かだ。しかし、ここの茶屋へは来ねえで草津に戻ったってえ事になる」

     鬼武は顎(あご)を撫でながら、独りでうなづいた。

    「その男が下手人に違えねえ」と都八が手を打った。

    「その男は一体、何者なんです」と長次郎が皆の顔を見回した。

    「とにかく、そいつを捕めえなくちゃアならねえな」と親分が言って、子分の松吉と亀吉を見る。

    「おい、おめえら草津に戻って、山崎屋の番頭が会った男を捜し出せ」

    「へい、わかりやした」

    「取り逃がすんじゃアねえぞ」

    「わかってまさア」

     松吉が力強くうなづき、亀吉を連れて茶屋から出て行った。

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