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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 03
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    野生のカモシカ

     

    26.謎の男

     

     

     一九たちは茶屋で源蔵親分に死体発見までのあらましを語った。

    「すると何か、おめえさんが足を滑らせたお陰で、仏さんが見つかったってえんだな」

     話が終わると親分は長次郎に聞いた。

    「へい、そうです。傘がどこかに行っちまって、そいつを取りに行って、足にぶつかったんですよ、死人(しびと)の足に」

    「成程。すると何だな、傘を取りに行かなかったら、気づかなかったと言うんだな」

    「ええ、そんなの気づきませんよ。足にぶつかった時だって、初め、蛇か何かだと思ったんですから」

    「そうか。雨が降り続いたお陰で、狼(おおかみ)に食われなくてよかった」

    「えっ、この辺りは狼が出るんですか」と長次郎が驚いた。

    「狼だけじゃねえ。熊も猪(いのしし)もカモシカも出て来る。勿論、狸や狐は当然いる。雨が降り続いたんで死人の臭いを消してくれたのかもしれねえ。ところで、先生たちはどうして、あんなとこを捜してたんですかい」

    「そいつは別に理由はない」と鬼武が濁り酒を一口飲むと言った。

    「崖崩れの現場は大勢の者たちが捜してるんで、わしたちの出る幕はねえと思ったんだ」

    「成程な」とうなづきながら、親分はジロリと鋭い目で鬼武を見る。

     鬼武はそんな事は一向に気にせず、話を続けた。

    「乞食の二人はここの親爺に見られている。という事はここまでは無事だった事になる。それで、ここから草津に行くまでのどこかにいるだろうと捜してみたんだ。それが以外にも早く見つかったってえ事だ」

    「親分」と一九が口を挟んだ。

    「ここの親爺に聞いたんだが、死んだ二人がここを出てった後、乞食の二人が通ったらしいが、その後は誰も通らなかったそうだ」

    「なに、そいつは本当なのか」と源蔵が釜(かま)の側で神妙に座っている親爺を見た。

    「へい、本当の事でございます」

     親爺はかしこまって、頭を下げる。

    「間違えねえんだな」

    「間違えありやせん。二人の江戸者がしばらく雨宿りしていて、出てった後、乞食二人が山の方から来て草津の方に行きやした。その後、あっしが店を閉めるまで人っ子一人来やしません」

    「となるとどうなるんでえ」と親分は一九たちを見た。

    「あの二人があの女を殺して、その後、崖崩れに会って死んだとしか考えられませんねえ」

    「くそっ、なんてこった。下手人は死んじまったのか」

    「ばちが当たったんだな」と都八が湯飲みを指で弾いた。

    「草津から来た奴にやられたんかもしれねえぜ」

     鬼武が外を眺めながら言った。

    「滝を見に行こうと草津から来て、途中で雨に振られて、どこかの木の下で雨宿りをしていた。そこに乞食の二人がやって来た。見れば汚え格好はしてるがいい女だ。乞食なんか何したって構うものかと、男の乞食を殺し、女を手籠めにして殺した。乞食とはいえ、人殺しをして恐ろしくなって、滝を見るのはやめて草津に引き上げたのかもしれねえ」

    「それもありえるな」と一九はうなづく。

    「ちょっと待て」と源蔵が手を上げた。

    「誰かがいたはずだぜ」と何かを思い出したかのようだった。

    「あの日、山崎屋の番頭が乞食の二人を待ってたんだ。草津の外れまで行って待ってたら、びしょ濡れになった男がやって来て、番頭に崖崩れの事を教えたらしい。番頭は心配になって、現場まで行こうとしたが途中で暗くなっちまって引き上げて来たそうだ」

    「その番頭なら、あっしも帰る途中に会いましたぜ」と親爺が言った。

    「提燈(ちょうちん)も持たねえで山に行こうとしてたから、やめとけって言ってやったんだ」

    「おい、親爺、草津から来た者もいなかったんだな」と鬼武が聞く。

    「へい。雨が振り出してから来た者は誰もいやしませんや」

    「となると、その男は草津から蟻の門渡りまで行った事は確かだ。しかし、ここの茶屋へは来ねえで草津に戻ったってえ事になる」

     鬼武は顎(あご)を撫でながら、独りでうなづいた。

    「その男が下手人に違えねえ」と都八が手を打った。

    「その男は一体、何者なんです」と長次郎が皆の顔を見回した。

    「とにかく、そいつを捕めえなくちゃアならねえな」と親分が言って、子分の松吉と亀吉を見る。

    「おい、おめえら草津に戻って、山崎屋の番頭が会った男を捜し出せ」

    「へい、わかりやした」

    「取り逃がすんじゃアねえぞ」

    「わかってまさア」

     松吉が力強くうなづき、亀吉を連れて茶屋から出て行った。

     二人と入れ違いに安兵衛が入って来た。安兵衛と一緒に湯安の番頭も顔を出した。

    「まったく、大変な事になっちまった。まさか、殺されていたとは‥‥‥今、うちから握り飯が届きました。皆さん、おなかがすいたでしょう。お昼にして下さい」

     そう言うと安兵衛は溜め息をついて縁台に腰を下ろした。

     番頭が握り飯を皆に配って出て行った。

    「湯安の旦那、御馳走になります」と源蔵が言うと、一九たちも腹が減っていた事に気づき、御馳走になる事にした。

    「旦那、八州(はっしゅう)の旦那が今、どこにいるかご存じねえですか」

     源蔵が握り飯を食べながら聞いた。

     安兵衛は驚いたような顔をして首を振った。

    「そうか、八州様にも知らせなけりゃならんのだったな」

    「殺しとなると八州様の検死を受けなければなりませんよ」

    「そうだな。それに名主が江戸まで行かなければならなくなる。えらい事になった。下手人が早く見つかってくれればいいが‥‥‥」

    「旦那、八州様が来るまで、湯治客は足止めした方がよさそうですぜ」

    「うむ、そうだな。とにかく、わたしは草津に帰るから、親分、後の事をお願いしますよ」

    「へい、わかりやした。山崎屋さんもまもなく見つかるでしょう。そしたら、わしらも引き上げますよ」

    「頼みます」

     安兵衛は出て行こうとして振り返り、

    「先生方も帰りますか」と聞いた。

    「どうする」と一九は鬼武に聞いた。

    「そうだな。帰ってもやる事もねえし、もう少し付き合うか」

     都八も長次郎もうなづいたので、

    「もう少し、様子を見ています」と一九は答えた。

    「気をつけて下さいよ」と安兵衛は傘を差して帰って行った。

    「親分、八州様ってえのは何です」と都八が聞いた。

    「八州様ってえのはな、三年前に新しくできたお役人様さ。関東取締出役(かんとうとりしまりしゅつやく)と言ってな、天領だろうが、お旗本の領地だろうが、お大名の領地だろうが、構わず踏み込んで行って、殺しの下手人や盗賊やら博奕打ちやらを捕めえるお役人の事だ。関東の地は天領、旗本領、大名領、寺社領が細かく入り組んでいてな、他所(よそ)の領地に逃げ込んで行った下手人を捕めえる事ができなかったんだ。それで、関東の地に博奕打ちやら、ならず者がはびこって来やがった。そこで、お上がそいつらを取り締まるために八州様を作ったってえわけだ」

    「ほう。江戸で言やア、八丁堀の旦那みてえのもんだな」

    「まあ、そういう事だ。そして、江戸の岡っ引が、わしら道案内(みちあんねえ)というわけだ」

    「親分、さっき、湯安の旦那が、名主さんが江戸まで行くって言ってたけど、わざわざ、江戸まで出向かなけりゃアならねえのか」

    「多分、そうなるだんべえな。八州様が近くにいればいいんだが‥‥」

    「八州様ってえのはいつもどこにいるんだ」と一九が聞いた。

    「八州様は八人いて、四人が江戸に残り、四人が関八州の村々を回ってるんだ。今年はまだ、草津に来てねえ。いつも、梅雨が上がった頃に来るんだ。近くまで来てりゃアいいんだが」

    「親分、下手人は山崎屋の番頭が会った奴に間違えねえ。八州様が来る前に下手人を捕まえて、親分の手柄にすりゃアいい」

     鬼武が言うと、

    「まあな、すぐに捕まるだんべえ」と源蔵も張り切っていた。

     源蔵と一緒に一九たちは茶屋を出て、妾の死体が見つかった場所に戻った。若い者たちが熊笹を刈りながら、そこら中を捜し回っていたが山崎屋は見つからなかった。新三郎が安兵衛に代わって指揮を取っていた。

     一九たちも一緒に捜し回ったが無駄だった。妾が死んでいた付近にはいない。谷底に落とされたのかと、綱(つな)を伝わって若い者が降りて行ったが見つからなかった。

     八つ半(午後三時)頃、ようやく、雨が上がった。捜索は続いていたが、一九たちは源蔵親分と新三郎に挨拶をして帰る事にした。

     空を覆っていた雲が流れ、青空が顔を出していた。雨に濡れた草木が日差しを浴びて輝いている。ついさっき、死体が発見された事など、まるで夢だったかのように、辺りは明るくなっていた。

    「おかしいな」と歩きながら鬼武が一九に言った。

    「どうして山崎屋の死体が見つからねえんだ。下手人はあの女を手籠めにする前に山崎屋を殺したに違えねえ。相手は乞食の格好をしてたんだ。乞食なんか殺したって誰も騒ぎはしねえ。そうなりゃア、わざわざ、谷底に捨てる事もあるめえ。そこらにいるはずなのにどこにもいねえ。どうなってんだ」

    「確かに奇妙だな。謎の男は蟻の門渡りを過ぎて、二人の乞食と出会った。その前に相模屋と河内屋の二人とすれ違ってるはずだ。もしかしたら、山崎屋は相模屋たちに助けを求めたのかもしれねえな」

    「すると、三人して崖崩れに会ったんですかねえ」と都八が言う。

    「そうとしか考えられねえな」

     鬼武が言うと都八と長次郎は崖崩れの現場まで走って行った。二人の後ろ姿を見ながら、

    「山崎屋の番頭が出会ったってえ男は何者なんだろうな」と一九が鬼武に聞いた。

    「わからねえが、もしかしたら山崎屋が乞食の格好をして来るのを知ってたのかもしれねえ。山崎屋の番頭が大騒ぎしてたのを聞いて、妾が別嬪だってえのを知り、一目見てやろうと出掛けて行った」

    「ちょっと待った、鬼武さん。あの日、津の国屋の旦那たちが香臭で滝見をしてたんだ。雨が振って来たんで慌てて帰って行ったんだが、そん時、山崎屋の番頭と一緒になって湯安に帰って来た。確か、八つ半(午後三時)頃だと言っていた。その後、番頭は山崎屋のために部屋の用意をして待っていた。番頭が騒ぎ出したのは七つ(午後四時)過ぎだろう。その男が山崎屋の事を聞いて、香臭に向かったとして、女が殺された場所に着くのは七つ半(午後五時)過ぎになる。ところが、茶屋の親爺が茶屋を閉めたのが七つ半頃だ」

    「そうか。その男は親爺より先に草津に帰ってる。てえ事は遅くとも七つには現場にいなけりゃならねえって事だな。そうなると山崎屋の事を知ってるはずはねえか。たまたま、山崎屋の二人に会ったってえ事になるな」

     蟻の門渡りの現場に着いた。皆、向こうに行ってしまい、誰もいなかった。雨降りの中、作業を続けていたので、どこまで掘り返したのかまったくわからなかった。二人の死体が見つかった所に杭(くい)が打ってある。相模屋の死体があった所と河内屋の死体があった所はかなり離れていた。

     都八と長次郎が現場に下りて、何かを捜していた。

    「おい、山崎屋はいたか」と鬼武も下りて行った。

    「何もいませんや」

     一九も下り、しばらく、泥だらけになって現場をうろついたが何も見つからなかった。

     黒い雲がすっかり消えて、夏の強い日差しになっている。もしかしたら、明日はいい天気になるかもしれなかった。

    「鬼武さん、殺しの事は親分たちに任せて、このまま、明日も雨が降らなかったら、みんなで平兵衛池に行ってみませんか」

     一九が遠くに見える山を眺めながら言った。

    「平兵衛池?」

    「ええ、娘が龍になったってえ伝説のある池なんだ。山ん中の静かで綺麗な池だそうだ」

    「どこにあるんだ」

    「さっきの茶屋の先にあるらしい」

    「そうだな。そろそろ、帰らなけりゃアならんし、その前に一騒ぎするのもいいな。雨が降らなかったら、みんなで酒でもぶら下げて行ってみるか。そうだ、春吉も連れて行こう」

    「ええ、芸者衆を引き連れて、ぱあっとやりましょう」

    「おお、いいな」と鬼武は渋い顔のまま、ニヤッと笑う。

    「だが、ただ騒ぐだけじゃア芸がねえ。何か面白え趣向はねえか。津の国屋の旦那と京伝先生をあっと言わせるような」

    「今度はあの二人を茶番にかけるのか。そいつは面白え。この前はこっぴどくやられたからな。意趣返(いしゅげえ)しだ」

     津の国屋と京伝が腰を抜かして驚く場面を想像しながら、一九は茶番の趣向を考える。

    「しかし、明日じゃア支度もできねえな」

     鬼武が残念そうに言った。

    「いえ、池の中から龍でも出せば、あの二人だって驚くだろう」

    「池の中から龍か‥‥‥龍はちと難しいが娘なら出せるかもしれねえぞ」

    「池の中から娘を出すのか‥‥‥」

    「龍になったとかいう娘を池の中から出すんだ。奥山(浅草)の見世物小屋にいる女軽業師(かるわざし)ならできそうだが」

    「まず、泳ぎができねえ事には無理だな」

    「うむ、そうだな」

     一九と鬼武は趣向を考えながら道に戻ると都八と長次郎を呼んだ。

    「参った、参った。泥だらけだぜ」と都八が棒切れを杖代わりにして登って来た。

    「畜生、山崎屋も見つけてやろうと思ったんだけど駄目だった」と顔にまで泥を付けた長次郎もやって来た。

    「そう簡単には見つかるめえ。それでも、雨が上がりゃア穴掘りも楽になる。明日にゃア出て来るだろう。後の事は親分たちに任せりゃいいさ」

    「そうだな。早く帰って湯に入って酒盛りと行きやしょう。おかよちゃんも首を長くして待ってるに違えねえ」

    「そうだ。お島ちゃんが心配してるかもしれねえ」

    「おめえら、何を言ってやがんでえ」

     一行は笑いながら草津へと向かった。

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