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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2017 . 04
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    湯本安兵衛の子孫が経営する旅館「日新館」

     

    27.山崎屋

     

     

     草津では一九らが山崎屋の妾(めかけ)の死体を見つけた事が噂になっていた。

     湯安に帰る途中、名主の坂上治右衛門の宿屋の前で源蔵の子分、亀吉と出会った。

    「謎の男は捕まえたのか」と一九が聞くと、情けない顔をして首を振った。

    「簡単に見つかるだんべえって思ったんだが、うまく行きませんや」

     山崎屋の番頭もはっきり、顔まで覚えてはいなかったらしい。傘も差さず、手拭いを頬被(ほおかむ)りして、着物はびしょ濡れだった。年の頃は三十から四十位で、背丈も体格も普通、旅支度ではなく、御納戸(おなんど)色(くすんだ藍色)の縦縞(たてじま)の単衣(ひとえ)を着ていた。地元の男のような気もするし、湯治客のような気もするとはっきりしなかった。それだけの手掛かりでは見つかりそうもなかった。

    「頼りにならねえ子分どもだ」

     亀吉と別れると鬼武が言った。

    「俺たちがその番頭から聞いた方が、何かがわかるかもしれねえ」

     都八は長次郎を誘って、番頭に会いに飛んで行った。

    「あの二人、すっかり、岡っ引気取りだぜ」

     一九と鬼武が湯安に帰ると帳場の前で、二人が山崎屋の番頭を捕まえて、質問攻めにしていた。番頭はずっと眠っていないのか、疲れ切った顔をして都八たちに話していた。妾の死体を見つけてくれたので仕方がないといった顔付きだった。一九と鬼武もそばまで行って番頭の話を聞いた。

    「思い出そうとはするんですけど、どうしてもはっきりと思い出せないんですよ」

    「頬被りしていた手拭いってえのはどんなだったんだ」と都八が聞いた。

    「どんなと言われても、どこにでもあるような普通の手拭いで‥‥‥」

    「何か模様とか絵があったろう」

    「へい、あったとは思うんですけど‥‥‥なにしろ、旦那の事が心配だったもんですから」

    「その男がその旦那を殺したかもしれねえんだぜ」

    「へい。しかし‥‥‥もう一度会えばわかるかもしれませんが‥‥‥」

    「その男は何も持っちゃアいなかったんだな」と鬼武が聞いた。

    「へい。何も持ってはいません」

    「しゃべり方はどうだった。上州弁だったか、それとも、上方訛(かみがたなま)りだったとか」

    「いえ、とくに訛りはなかったと思いますが‥‥‥そういえば、あなた方のように江戸のお人かもしれませんねえ。なんとなく、早口だったような気がいたします」

    「江戸者か‥‥‥」

    「いえ、確かな事はわかりませんが、なんとなく、そんな気が‥‥‥」

     それ以上は何もわからなかった。

     一九たちが番頭と別れて、中屋敷の三階に行くと『五大力(ごだいりき)』のメリヤス(長唄の一種)が聞こえて来た。

     ♪たとえせかれて程ふるとても
              縁と時節の末を待つ
           何としょう 互いの心うち解けて
                  うわべは解かぬ五大力~

    「おっ、やってるな。あの声は夢吉ねえさんだ。どうやら、立ち直ったらしいな」

     都八がよかったという顔をして一九を見た。一九も夢吉が元気になったようなのでホッとした。

     部屋を覗くと夢吉が若い娘を前にして三味線を弾いている。艶(あで)やかな振り袖を着た可愛い娘が二人、真剣な顔をして夢吉の唄を聞いていた。

     京伝は気持ちよさそうに按摩(あんま)にかかっている。津の国屋と善好は腕組みをして囲碁に熱中していた。月麿の姿は見えない。麻吉、豊吉、藤次もいなかった。

    「おう、親分さんのお帰りだな」と津の国屋が笑った。

    「お手柄だったらしいな」と京伝も笑った。

    「おめえたちの噂で草津の町は大騒ぎだ。御苦労だったな。さあ、とっくりと聞かせてもらおうか」

    「その前に湯に入らせて下せえ。体中、泥だらけだ」

    「まあ、ゆっくり入って来い」

    「月麿の奴はどこに行ったんだ」と一九は京伝に聞いた。

    「やっと本腰を入れてな、雨がやんだんで絵を描きに行ったようだ」

    「ほう、夢吉が立ち直ったんで、やる気になったか」

    「ああ、あの二人のお陰だな」

    「どこのお娘(むす)です」

    「一人はここんちの娘でお八重ちゃんだ。もう一人は名主さんとこの娘でお常ちゃん。昼前からずっと、夢吉に踊りを教わってたんだ」

    「へえ、あれが若旦那の妹さんか。可愛い娘さんだな。あれ、あの二人、さっそく近づいていやがる」

     都八と長次郎が娘たちと何やら話しながら笑っていた。

    「おい、おめえら、汚え格好でお嬢さんたちに近づくんじゃねえ」

     京伝が言うと、

    「へい、すみません。一風呂浴びて来まさア」

     ニヤニヤしながら二人は手拭いと着替えを持って出て行った。

    「麻吉たちも月麿と一緒に行ったんですか」

    「いや、あいつらは桐屋に移った。昼過ぎにな、梅吉がやって来て、芸者二人なら雇うと言ったんだ。夢吉は江戸に帰るから、うめえ具合に豊吉と麻吉は雇われたってえわけだ。藤次も一緒にな」

    「そうだったのか。とうとう雇われたか」

    「淋しそうな面をするな。なに、呼べばまた喜んで飛んで来るさ」

    「いや、そういうつもりじゃア」

    「湯に行くぞ」と鬼武が言った。

     一九も着替えを持って内湯へと行った。

     湯から出てさっぱりした気分で部屋に帰ると月麿も戻っていて夢吉に絵を見せていた。二人のお嬢さんはもう帰ったようだった。

    「いい絵は描けたか」と一九は月麿に聞いた。

    「ええ、勿論でさア」と月麿は力強く、うなづいた。

    「白根明神の茶屋と薬師堂、湯池、滝の湯、地蔵の湯、それに金毘羅(こんぴら)の滝の湯、賽(さい)の河原と舞台(ぶてえ)になるとこはみんな描いて来た。後は常布(じょうふ)の滝と白根山だけだな」

    「そいつはよかった」

    「先生の方はどうなんです。読本の方はうまく行きそうなんですかい」

    「ああ、ネタは大方(おおかた)揃った。あとは明日、平兵衛池に行きゃアなんとかなるだろう」

    「平兵衛池?」

    「ああ、伝説のある山ん中の池だ。明日、みんなで行かねえか。ねえ、先生に旦那、明日、雨が降らなかったら、平兵衛池に行きましょう」

    「そうだな。そろそろ飽きて来たし、天気がよかったら、その池に行って一騒ぎして、江戸に帰るとするか」

     あくびをしながら津の国屋が言った。

    「旦那、勿論、芸者衆も連れて行くんでしょうねえ」と善好がニヤニヤしながら聞く。

    「当然だ。野郎ばかりで行ったって面白くもあるめえ」

    「そうこなくっちゃな。お富の奴も連れて行きやしょう」

     善好は嬉しそうに膝を打った。

    「ところで、例の武勇談を聞かせてくれ。あれ、主役はどこ行っちまったんでえ」

    「あの二人はさっそく、女子(おなご)んとこに飛んで行きやがった。今頃、得意になって自慢話をしてるに違えねえ」と言った鬼武はさっそく茶碗酒を飲んでいた。

     一九と鬼武は津の国屋、京伝、善好、月麿、夢吉に現場の状況を説明した。

    「成程、となるとその謎の男が下手人(げしゅにん)なのか」

     津の国屋が聞くと、鬼武はうなづいた。

    「それしか考えられねえな」

    「その男が妾を捕めえる。山崎屋は助けを求めて先を行く相模屋と河内屋のとこに行く。すると崖崩れがあって三人は谷底に落ちて死んじまう。それを見届けてから、その男は妾を手籠(てご)めにして殺したというのか」

    「多分、そうだろう」

    「どうも、話がうますぎるような気がするが」と津の国屋は首を傾げる。

    「崖崩れなんて、いつ起きるかわからねえからな」

    「そりゃアそうかもしれねえが‥‥‥どうも腑(ふ)に落ちねえなア。俺はどうも河内屋って野郎の仕業じゃねえかと思ってたんだが」

    「河内屋の‥‥‥」

    「腕に刺青(ほりもん)をしてるといい、ただ者じゃアねえ。いくら別嬪(べっぴん)とはいえ乞食の女を手籠めにするなんて普通じゃねえぜ。かってえ(ハンセン病患者)かもしれねえし、かさっかき(梅毒患者)かもしれねえからな」

    「そいつだ」と突然、鬼武が叫んだ。

    「その妾、素っ裸で殺されてたんだ。普通の女なら身元がばれねえように身ぐるみを剥がしたに違えねえが、乞食の女を裸にするってえのが、どうも、解(げ)せなかったんだ。旦那のいう通り、下手人は女を裸にして病(やめえ)持ちかどうか調べてから手籠めにしたに違えねえ。これで、ようやく合点(がてん)したぜ」

    「成程、そうか。そこまでは気づかなかった」と一九が唸(うな)った。

    「しかし、女が着ていた襤褸(ぼろ)はどこに行ったんだ。噂ではあの女は手足や顔に襤褸布(きれ)を巻き付けて、襤褸をまとってたそうだが、死体(してえ)の近くには何もなかったぜ」

    「そいつはおかしいな」と京伝が首を捻(ひね)った。

    「まあ、その話は後で考えるとして、さっきの続きだが」と津の国屋が皆の顔を見回してから話を続けた。

    「まず、普通の男はそんな乞食の女なんかにゃア近づかねえ。謎の男が何者だかわからねえが、そいつは関係ねえんじゃねえのか。ちょっと、河内屋が下手人だとしたらどうなるか考えてみようじゃねえか」

    「一応、色んな見方をした方がいいだろう」と鬼武は茶碗酒を飲みながら津の国屋の意見に賛成した。

    「河内屋と相模屋の二人が女の殺された場所に着いた頃、後ろから二人の乞食が来た。河内屋は乞食の女がいい女だと気づき、つい変な気を起こす。相模屋は止めるが河内屋は聞かねえ。河内屋は山崎屋を殴り倒して女を捕まえる。河内屋は女を手籠めにしてから首を絞めて、そこに捨てる」

    「その時、相模屋と山崎屋は何してたんだ」と鬼武が聞く。

    「女が殺されたのは事実だ。そこで考えられるのは河内屋に弱みを握られている相模屋は河内屋の言いなりになって山崎屋を押さえていたんだろう。相模屋が女を手籠めにした後、相模屋もやったかどうかはわからんが、女は殺されて捨てられた。その後、山崎屋は当然、殺されただろう。殺すとこを見られたんだからな。そうすりゃア、あの辺りに山崎屋の死体はあるはずだ」

    「それが見つからねえんだ」

    「おかしいな」

    「山崎屋は逃げちまったんじゃアねえのか」と月麿が言った。

    「どこに逃げるんだ」と鬼武が月麿を見てから話し続けた。

    「草津に行きゃア山崎屋の番頭と会うはずだ。もし、出会わなかったとしても湯安に行って助けを求める。ところが、湯安には来なかった。逆に逃げれば茶屋の親爺に助けを求めるだろうが、それもなかった」

    「そうか、おかしいなア」

    「女が殺されてた場所に、女が着ていた襤褸がなかったってえのは、女はあそこで手籠めにされたんじゃアねえのかもしれねえ」と一九も茶碗酒を飲み始めた。

    「別の場所で殺して、あそこに捨てたのか。考えられねえ事もねえが、どうしてそんな面倒臭え事をするんだ。わざわざ、そんな事をする理由でもあるのか」と津の国屋が聞く。

    「うむ、わからねえな」

    「女の着ていた襤褸が見つからねえのは崖崩れの現場で手籠めにされたのかもしれねえ。あそこで裸にされたんなら、襤褸も一緒に土砂の中に入っちまったと考えられる」と鬼武は言う。

    「そうかもしれねえが、蟻の門渡りで手籠めにしたのに、どうして、そこに捨てねえんだ。あそこの谷の方が深かったぜ。わざわざ、香臭の方に戻って捨てる事もあるめえ」

    「確かにそうだ。どうも、辻褄(つじつま)が合わねえな。何かが間違ってるって事だな」

     皆が頭を抱えた時、今までじっと黙っていた京伝が、

    「勘定(かんじょう)は合うな」とポツリと言った。

    「勘定? 先生、何の勘定が合うんです」と月麿が首を傾げながら聞いた。

    「あの時、草津と香臭の茶屋の間にいたのは、相模屋と河内屋、乞食の格好をしていた山崎屋とその妾の四人だけだったんだな。そして、見つかった死体が三つ、山から下りて来た男が一人で丁度、四人になる」

    「確かにそうだが」と鬼武が言って京伝を見た。

    「山から降りて来たのが山崎屋じゃねえ事は確かだ。となると相模屋か河内屋のどっちかって事になる」

    「えっ、それじゃア、崖崩れで死んだのは相模屋と河内屋じゃねえって言うんですか」

     月麿と夢吉が信じられないという顔をして京伝を見つめた。一九も鬼武も津の国屋も善好もまさかという顔をしていた。

    「河内屋は腕に刺青(ほりもん)があったから間違えねえ。となると、もう一人は山崎屋かもしれねえな」

    「えっ、それじゃア相模屋は生きてるのか」

     月麿が驚き、

    「そんな‥‥‥」と夢吉が絶句した。

    「ちょっと待ってくれ、先生」と一九が意外な展開に驚き、考えをまとめようとしていた。

    「あの仏(ほとけ)が相模屋じゃなくって、山崎屋だとすると、どういう風になるんだ」

    「多分、河内屋が山崎屋を殺し、妾を手籠めにしようとしたんだろう。相模屋は河内屋が妾を手籠めにしている所を石かなんかで殴って殺した。河内屋を殺すのを見られたんで妾も殺した。どうせ、乞食なんか殺したってわかるめえと思ったんだろう。相模屋は山崎屋に自分の着物を着せ、顔がわからねえように石で殴り潰した。そして、河内屋と一緒に谷底に落とした。足を滑らせて落ちたってえ風に装ったのかもしれねえ。その後、妾の死体をかついで行って別の場所に投げ捨てた。妾の死体を捨てて蟻の門渡りに戻って来たら、崖崩れが起こっていたというわけだ」

    「成程、それなら何もかも辻褄が合うぜ」

     鬼武がそれに間違いないというように力強くうなづいた。

    「さすが、先生だ」と津の国屋も感心していた。

    「しかし、先生。相模屋がそんな事をしますかね」と一九が京伝に聞いた。

    「相模屋は河内屋に弱みを握られていた。多分、ゆすられてたに違えねえ。てめえのうちも火の車なのに、このまま、いつまでも付きまとわれたらかなわねえ。乞食の女を手籠めにしているのを見て、かっとなって殺しちまったんだろう。殺しちまってから、一人で帰るわけには行かねえと気づき、山崎屋を自分の身代わりにして、自分も死んだ事にしようと考えたのかもしれねえ。江戸に帰っても借金取りが待ってるだけだからな。夢吉を連れてどこかに逃げようと思ったのかもしれねえ」

    「あの人、もう江戸には帰らないって言ってたわ」と夢吉が小声で言う。

    「一緒にどこか遠い所に行こうって、あたしを誘ったんです。生まれ変わってやり直そうとも言ってました」

    「生まれ変わってやり直そうって言ったのか。さては、はなっから身代わりを使って自分を殺すつもりだったのかもしれねえな」

    「くそっ、相模屋が生きてるとすりゃア、夢吉が危ねえ」

     月麿が夢吉の手を握り締めた。

    「確かに危ねえな」と津の国屋が眉間(みけん)にしわを寄せた。

    「奴は殺したのが乞食じゃなかった事に気づいてるはずだ。やけになって何をするかわからねえぞ」

    「畜生、どこに隠れていやがるんだ」

    「慌てるな。まだ、そうと決まったわけじゃねえ」

     京伝が興奮している月麿を押さえた。

    「まず、あの仏が相模屋じゃねえかを確かめなくちゃアならねえ。夢吉、相模屋の体に何か目立つ傷痕(きずあと)とかねえのか」

    「古い傷でしたら左足のふくら脛(はぎ)に二寸程の傷があります」

    「ホクロとかは」

    「右腕の肩の近くにかなり目立つホクロがあります」

    「よし、それだけわかりゃア確かめられるだろう」

     一九と京伝が死体の確認に行き、鬼武、津の国屋、善好、月麿は夢吉を守るために残った。

     一九と京伝は帳場に行き、安兵衛と山崎屋の番頭を呼んでもらった。番頭はすぐにやって来た。安兵衛はどこかの座敷で村役人たちと今後の対策について話し合いをしていたようだった。一九と京伝は訳も言わずに、安兵衛と番頭を連れ出した。

     日暮れ間近で辺りはすっかり暗くなり始めていた。それでも、雨がやんだので広小路は賑やかだった。久し振りに屋台も並び、湯治客がそぞろ歩きを楽しんでいた。

    「一体、どこに行くんです」と安兵衛がじれったそうに聞いた。

    「もう一度、仏さんの確認をしたいのです。すみませんが立ち会って下さい」と京伝が厳しい顔付きで言った。

    「えっ、どういう事です」

    「もしかしたら、大変な間違いをしていたかもしれないのです」

    「大変な間違い?」

    「ええ。それを確かめなくてはならないのです」

     無縁寺は静まり返っていた。遺体を安置している小屋の外に番人が二人、退屈そうにしているだけだった。安兵衛が番人に声を掛けるとすぐに小屋の中に入れてくれた。

     小屋の中は薄暗かった。番人が提燈(ちょうちん)を持って来た。石の櫃(ひつ)の中に三つ遺体が並んでいた。裸だった女も白い帷子(かたびら)を着て、恨(うら)めしそうな目も口も閉じていた。昼間見た時はなかったが、遺体の回りには塩が詰まっていた。

    「一体、何を確かめようと言うのです」

     遺体から目を背けながら安兵衛が聞いた。

    「この中ではっきりしてるのは、この女と河内屋です。もう一人ははっきりとした決めてはないが相模屋だと決めつけてしまった。果たして本当に相模屋なのかどうかを確かめるのです」

     京伝が番人に顔も定かでない遺体の左足を調べさせた。

    「旦那、古傷らしきものなんか何もありませんでえ」と番人は首を振った。

     右肩の下にもホクロはなかった。

    「山崎屋の旦那の体に何か特徴はありませんか」と京伝は山崎屋の番頭に聞いた。

    「へい。目立つ傷はありませんが、背中の真ん中あたりにホクロがありましたが」

     番人が帷子を脱がせて背中を確かめると傷だらけの背中に直径三分(ぶ)(約一センチ)程のホクロが見つかった。

    「まさか、この仏さんが旦那様だったんですか‥‥‥そんな‥‥‥」

     山崎屋の番頭は口を押さえながら、遺体から顔を背けた。

    「一体、どうなってるんです」

     安兵衛は信じられないと言った顔で京伝と一九を見つめていた。

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