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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 03
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    香草



    25.蟻の門渡り

     

     

     相変わらずの雨降りだった。

     一九、鬼武、都八、長次郎の四人は山崎屋の捜索を手伝うため、朝飯を食べると蟻(あり)の門渡(とわた)りへと向かった。皆、俺たちの手で見つけ出してやろうと岡っ引(ぴき)気取りで張り切っている。

     一行が現場に着くとすでに作業は始まっていた。雨の中、泥だらけになって土砂を掘り返している。それを見守っている安兵衛は、伜の新三郎がどこを捜してもいないとぼやいていた。一九に知らないかと聞いたが、一九は知らないと答えた。昨日、赤岩に行ったまま、まだ帰って来ないらしい。向こうに泊まった所を見ると、うまく行ったのかもしれないと密かに思った。

     一九らは蟻の門渡りから、さらに先へと行ってみた。都八が言うには香臭(かぐさ)という所に茶屋があるという。そこの茶屋の親爺が何かを知っているかもしれなかった。

     山ツツジが咲いている山道をしばらく行くと小さな茶屋が見えた。暇そうな面をして、軒先で雨を眺めている親爺に鬼武が声を掛けた。

    「おい、親爺、酒はあるか」

    「へい、いらっしゃいまし」と親爺は愛想笑いを浮かべて、

    「旦那方、滝見物にいらしたんですかい」と聞いて来た。

    「そうだ。噂を聞いてな」と一九が答えた。

    「雨が降らなきゃいい眺めなんだが、こう雨が続いちゃア、のんびり滝見もできねえ。ただ、雨のお陰で、滝の水はごうぎに見事なもんでごぜえますよ。まあ、一休みしたら見て行きなさるがいい」

     茶屋の中は以外と広く、茣蓙(ござ)を敷いた縁台(えんだい)が二つあった。壁際も腰掛けられるようになっていて、夏場は湯治客で盛るようだった。

     傘を軒下に置き、縁台に腰掛けると親爺は濁(にご)り酒を欠けた湯飲みに入れて四人に出した。

    「ところで、親爺さん、来る途中で崖崩れがあったそうだな」と一九が聞いた。

    「へい。まったくえれえ事になりやした。あっしも長え事、ここで商売(しょうべえ)やっておりますが、二人も生き埋めになったなんざア初めての事でごぜえます」

    「噂だと、まだ二人、埋まってるらしいじゃねえか」

    「そうなんでごぜえますよ。乞食の格好した信州の旦那さんとお妾だそうだ。まったく、乞食の格好で死ぬたア哀れなこった」

    「親爺さんはその乞食の二人をここで見たのか」

    「ああ、見ましたとも」と親爺は得意気にうなづいた。

    「あの日は昼過ぎまで、いい天気だったんですがねえ、八つ(午後二時)頃、突然、大雨が降ってきやがった。すぐそこで、お江戸からいらしたってえ旦那方が芸者衆を連れて酒盛りを始めてたんだが、慌てて帰って行きましたよ。その後、ほれ、亡くなった二人が山の方からやって来て、ここでしばらく雨宿りしてたんでさア。しかし、雨がいつになってもやまねえもんだから、諦めて草津の方に帰って行ったんだ。もう少し、雨宿りしてりゃア、あんな目に会わなかったんに、まったく、運が悪(わり)いとしか言えねえ。二人が出てってからすぐだったな。山の方から二人の乞食がやって来た。見るからにひでえかってえ乞食だ。まさか、あれが信州の大店(おおだな)の旦那さんとそのお妾だったとは夢にも思わなかったでえ」

    「ほう、すると、死んだ二人と乞食二人はほぼ同じ頃、蟻の門渡りの方に行ったのか」

    「そうでさア。一緒に生き埋めになっちまったんだんべえ」

    「死んだ二人と乞食が二人とその後は誰も山から下りて来なかったのか」

    「あの後は誰も来やしませんや。今の時期はお客さんも少ねえんでさア。梅雨が明けりゃア、そりゃもう次から次へとやって来て、ここも大忙しでさア。そん時ゃア、うちの嚊(かかあ)や嫁っ娘(こ)にも手伝ってもらうんだが、今は一人で充分なんでさア」

    「成程、そして、親爺さんはいつ、ここを引き上げたんだ」

    「わしゃアいつもの通り、七つ半(午後五時)頃だア。そん時ゃア、もうあそこは崩れていやがったよ。まさか、あの二人が埋まってるたア夢にも思わねえで、谷底を覗いて身震いしながら帰ってったのさ。そしたら、湯安さんとこの番頭さんが、お客が来ねえって大騒ぎしてたんだ。わしゃ崖崩れの事を教えてやったんさ」

    「成程なア、そうなると乞食の二人も土砂崩れに会ったに違えねえなア」

    「そうともでさア。まったく、一遍に四人も亡くなるたア、恐ろしいこった」

    「親爺、崖が崩れた時、音は聞こえなかったのか」と黙って酒を飲んでいた鬼武が聞いた。

    「へえ、それがまったく気づかなかったんでさア。なにしろ、ひでえ土砂降りだったもんで、屋根の音がうるさくて‥‥‥あれだけ崩れたんだから、物凄え音がしたとは思うんですがねえ。今思えば、大雨のさなか、一瞬、地面が揺れたような事がありました。あん時、崩れたんだんべえなア」

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    吉原の花魁
     


     一九たちが湯安に帰ると別棟(べつむね)にいた京伝たちや、中善にいた麻吉たちも一九たちのいる中屋敷の三階に移っていた。

    「やあ、先生、俺たちが三階(さんけえ)、全部、使ってもいいそうだ」と津の国屋が三味線を鳴らしながら言った。

    「先生と麻吉は今まで通り、その部屋でいいだろう」と隣りの部屋を示す。

    「俺と豊吉はここだ。月麿と夢吉は一番奥の部屋にいるぞ」

     一九たちのいる三階には八つの八畳間があった。京伝たちや麻吉たちが来たとはいえ、八部屋も使えるとは充分すぎる広さだった。

    「わしの荷物はどうした」と鬼武が聞いた。

    「先生の荷物もちゃんと持って来てあるわよ。先生の部屋はこの奥よ」と豊吉が教える。

    「そうか、すまんな」と鬼武は自分の部屋に行った。

     都八と長次郎も指定された部屋に入った。一九も今まで使っていた部屋に入った。その部屋に麻吉はいなかったが、一番奥の部屋に夢吉と一緒にいるのが見えた。

    「夢吉の様子はどうだ」

     一九は濡れた着物を着替えながら津の国屋に聞いた。

    「かなり、参ってるようだ。たとえ別れたにしろ、今まで、ずっと世話になってたんだからな。奴が死んだのは夢吉にゃア何の関係もねえんだが、自分を責めてるようだ。今は何を言っても無駄だろう。夢吉の事は月麿に任せておきゃアいい」

    「そうだな。あまりにも突然だったからなア」

     乾いた着物に着替えた一九は津の国屋の部屋に行って、一服つける。津の国屋も三味線を豊吉に渡して、煙管を取り出しながら、

    「山の方はどうだった。山崎屋とやらは見つかったのか」と一九に聞いた。

    「いや、まだだ。相模屋の名と紋(もん)の入った手拭いと山十で借りた番傘(ばんがさ)、それと桐屋の名の入った一升どっくりが見つかったくれえだ。山崎屋に関する物は何も見つからねえ」

    「それだけ揃ったら相模屋に決まりだな。村役人たちも二人だと決めて、山十に残された荷物を調べたようだ。大(てえ)した物はなかったそうだが、帳場には二十両、預けてあったらしい。かなり遊んでたようだから、桐屋や美濃屋の払いを済ませりゃア大して残らねえが、宿代も払えるし、その他の費用も賄(まかな)えるだろうと村役人たちは内心、喜んでたようだ。死んだ奴がろくに銭を持ってねえと村で負担しなきゃアならねえそうだ」

    「へえ、二十両も預けてたのか」

    「実際はもっと隠し持ってたのかもしれねえ。今頃、土砂の中で眠ってるのさ」

    「山崎屋さんも土砂の中で眠ってるのかしら」と豊吉がほつれ毛をかき上げながら言った。

    「ひでえ土砂崩れだった。あの土砂をすべて掘り返(けえ)すとなるとかなりの時がかかるだろう」

    「噂で聞いたんだが、山崎屋の妾ってえのはかなりの代物(しろもん)らしいじゃねえか。その女も相模屋みてえに傷だらけの泥人形になっちまうたア可哀想な事だ、勿体(もってえ)ねえ」

    「もしかしたら、わたいたちがその泥人形になってたのよ。まったく、恐ろしい事よ」

    「違えねえ。今頃、掘り起こされて、無縁寺の冷てえ石櫃(いしびつ)の中で寝ていらア」

    「やめてよ、旦那。気色わるい」

    蟻の門渡り

     

    23.崖崩れ

     

     

     雨の降る中、無縁寺には大勢の人が集まって、庭の片隅に建つ小屋の方を見守っていた。

     津の国屋が小屋の前に立つ番人と掛け合ったが、村役人の許可がないと勝手には見せられないと言う。本堂の方を見ると村役人らしい人々が集まっているようだった。一九たちの姿を認めて、名主(なぬし)の坂上(さかうえ)治右衛門(じえもん)が出て来た。

    「これはこれは、先生方もお越しでしたか。まったく、とんだ事になりまして、参ってしまいますよ」

     津の国屋が亡くなった相模屋を知っていると言うと、

    「それはお気の毒様。そうですか、仏さんをご存じでしたか。山十さんとこのお客様なんですが、なにしろ、初めてのお客様らしくて、詳しい事がわからなくて弱っていたところです。これで助かりました。どんなお人だったのか詳しくお教え下さい」

     そう言って、治右衛門は遺体の確認をさせてくれた。

     二つの遺体は線香の香りの籠もる中、石櫃(いしびつ)の中に寝かされていた。泥を洗い落とし白い帷子(かたびら)が着せてあったが、その顔はひどいものだった。鼻はつぶれ、皮は破れ、つぶれた目玉が飛び出している。帷子を着ているので体の具合はわからないが、着物から出ている手と足は傷だらけだった。一人は何とか、顔付きがわかるが、それは相模屋ではなかった。河内屋の顔を知っている都八も、あまりの変わり様に、はっきりと断定できなかった。

    「どうでございます。相模屋清五郎と河内屋半次郎の二人でございますか」と治右衛門は期待を込めて聞いた。

     都八の顔付きを見ながら、津の国屋は首を振った。

    「この有り様じゃア、はっきりとはわからねえな。ただ、河内屋の腕には刺青(ほりもん)があると聞いているが」

    「それは本当でございますか」と治右衛門は目を輝かせる。

    「噂だが唐獅子(からじし)の刺青だそうだ。ただ、猫のように見えるという」

    「はい、さようでございます。こちらの方(かた)の左腕に猫のような刺青が確かにございました」

    「それで決まりだな。片方が河内屋なら、もう一人は相模屋に間違えあるまい」

    「これが二人が着ていた物ですが、見覚えございませんか」

     治右衛門は小屋の片隅に置いてあった襤褸布(ぼろきれ)を見せた。

    「ああ、こっちのは見覚えがある。確かに相模屋が着ていた物に違えねえ」

    「ほかに持ち物とかは、まだ見つかってないんですか」と一九は聞いた。

    「はい。それがまだなんです。なにしろ、ひどい土砂崩れだったらしくて、この二人もやっとの思いで掘り出したらしくて。そのうち、何か見つかると思いますが」

    桐屋

     

    22.相模屋と河内屋

     

     

     昼間から豪勢なものだった。

     一九と麻吉が月麿と夢吉を誘って桐屋に行くと、昨夜の白根亭にお膳が並んでいた。

     無縁寺に行っていた善好と藤次、相模屋を見張っていた長次郎もすでに来ていて、土砂崩れに会って亡くなった湯治客の話題で持ち切りだった。

    「まったく、ひでえもんだぜ」と善好が顔をしかめていた。

    「顔なんかめちゃくちゃだア。あれじゃア身元もわかるめえ」と藤次も顔をしかめて首を振った。

    「おい、そんなにひでえのか」と一九が聞くと、

    「ああ、先生。そりゃアもう、可哀想なもんだ。大川(隅田川)の土左衛門(どぜえむ)なんてえもんじゃアねえ」と善好がさらに顔を歪(ゆが)めて意気込んだ。

    「雨ん中、草津に急いでたとこをやられたに違えねえ。突然、足元が崩れて、土砂と一緒にザザーッと流されちまったんだろう。土砂に埋まって泥だらけなんは勿論だが、土砂の力ってえのは物凄えらしい。手や足なんかこうひん曲がっちゃって、腹は破れて臓物(はらわた)が飛び出していやがった。顔なんか、とても見ちゃアいられねえ。あれじゃアまるで、泥んこの固まりだ」

    「そいつはひでえなア」と一九も顔をしかめた。

    「あたいたちも後もう少しで、そんな目に会ってたのかと思うとゾッとしてたとこですよ」

     お糸がそう言って身震いした。

    「ところで、相模屋の方はどうなんだ」と月麿が長次郎に聞いた。

    「そいつがまだ帰っちゃ来ねえんですよ。やっこさん、本気で夢吉ねえさんの事、捜してんですかねえ」

    「いや、安心できねえよ」と津の国屋は豊吉の酌(しゃく)でもう飲み始めている。

    「京伝先生が草津に来たってえ噂はもう草津中に広まってる。そのうち、夢吉も一緒だったってえのも相模屋の耳に届くに違えねえ。そろそろ、ここに駆け込んで来るぞ」

     夢吉は心配そうに月麿を見た。

    「大丈夫だよ」と一九は励ます。

    「ここにはやっとうの名人がいらアな。奴が出刃(でば)を持ち出したとてかなうもんじゃアねえ」

    「わしが出る幕でもあるめえ」と鬼武は笑った。

    「これだけの看板が揃っていりゃア、相模屋だって恐れをなして逃げちまうさ」

    「違えねえ」とみんなで笑ったが、夢吉の顔は晴れなかった。

     軽く一杯やりながら昼飯を終えると月麿は桐屋の座敷やら庭園を描き始めた。男と女の仕草は江戸に帰ってからでも描けるが、背景だけは描き留めて置かなければならなかった。

     月麿が絵を描き始めると皆、興味深そうに見守った。

    「さすがねえ、さすが、歌麿師匠のお弟子さんだけの事はあるわア」と豊吉は目を見張って感心する。

    「ほんと、凄いわ。こんなに絵がうまいなんて信じられない。夢吉ねえさんが惚れるはずだわ」と麻吉も言い、女たちが月麿を見る目はすっかり変わっていた。

    「わたい、やっぱり、月麿さんに裸を描いてもらおう」

     豊吉が真面目な顔して言うと、

    「わちきも描いてもらおうかしら、ねえ、先生」と麻吉も一九の顔を見る。

    「いや、俺は遠慮するよ」

     一九は照れ臭そうにその場を離れ、手帳を広げると読本(よみほん)の参考にと桐屋の庭園を描き始めた。義仲が草津に来た頃、桐屋はなかったが、武家屋敷の庭園として使えるかもしれないと思った。

     麻吉がそばに来て、

    「先生も絵がうまいのに美人絵とか描かないの」と聞いて来た。

    「若え頃は役者絵なんか出したけどな、今はもうやめた。自分の本の挿絵だけで充分だ」

    「そうなの。勿体ないの」

    歌麿筆「艶本葉男婦舞喜」より

     

     21.艶本

     

     

     みんなが帰って来るまで、一九と月麿は夢吉を守りながら、艶本(えほん)の構想を練っていた。

     わ印(じるし)(笑本(わらいぼん))と呼ばれる艶本は幕府に禁止されていたので、公然と発売する事はできなかったが、密かに売り出され、巷(ちまた)に出回っていた。有名な浮世絵師は皆、描いているといってもいい程だった。

     歌麿は『歌まくら』を初めとして、『ねがひの糸ぐち』『小町引(こまちびき)』『笑上戸(わらいじょうご)』など三十冊余りもの艶本を描いている。古くは『見返り美人』で知られる菱川師宣(ひしかわもろのぶ)、上方(かみがた)で活躍した西川祐信(すけのぶ)、夢見るような、あどけない美人絵で一世を風靡(ふうび)した鈴木春信(はるのぶ)、役者似顔絵の第一人者といわれ、北斎の師でもあった勝川春章(しゅんしょう)、すらりとした八頭身美人で有名な鳥居清長(きよなが)も描いている。京伝の絵の師匠だった北尾重政(しげまさ)も描いているし、京伝も北尾政演(まさのぶ)と名乗っていた若い頃に描いている。

     一九らが草津に来た文明五年(一八〇八年)以降は益々、盛んになり、葛飾北斎(かつしかほくさい)が描き、渓斎英泉(けいさいえいせん)が描き、歌川門の豊国(とよくに)、国貞(くにさだ)、国芳(くによし)、風景画で有名な広重(ひろしげ)までが描いている。

     艶本は最初に序文が付き、何枚かの枕絵(まくらえ)があり、付文(つけぶみ)と呼ばれる、絵とは直接関係のない艶笑小話(えんしょうこばなし)を付けるのが一般的だった。月麿が絵を描き、一九が序文と付文を書かなければならない。

     一九は以前、歌麿と組んで『葉男婦舞喜(はなふぶき)』という艶本を出した事があった。あの時は若後家(ごけ)と納所(なっしょ)坊主の話、六尺余りもある大女の姫君と細工(さいく)職人の話、好き者の妾と屋根屋の話を書いたが、今回は月麿が夢吉を捜し回っていた事を草津を舞台に面白おかしく書けばいいだろうと思っていた。

     やがて、どやどやと津の国屋、豊吉、麻吉、都八(とっぱち)が帰って来た。

    「相模屋は山十(やまじゅう)にいねえぞ」と津の国屋が顔を出すなり言った。

    「おめえたちの事を話をつけに行ったんだが、やっこさん、いやがらねえ。何を思ったのか、昨日、白根山に登ったそうだ。その足で、どっかの料理屋に行って、そのまま、泊まり込んじまったようだな。桐屋じゃねえから美濃屋か浪花屋にでもいるんだろう。長次に山十を見張らせてるから帰って来たら、知らせて来るだろう」

    「旦那、すみませんねえ」と月麿と夢吉が言うと、津の国屋は手を振った。

    「気にするな。それより、仕事の方を頼むぜ。豊吉がおめえに描いてもらいてえって、うずうずしてらア」

    「いやねえ」と豊吉が津の国屋をたたく。

    「旦那、わたいは何もむずむずなんかしてやしないよ」

    「そうだったか」と津の国屋はとぼけ、豊吉を抱き寄せながら笑う。

    「まあ、いい。とにかく、この前(めえ)の趣向で頼むぜ」

    「おい、俺とおかよちゃんも頼むぜ」と都八も言う。

    「わかってるよ。おかよちゃんは可愛いからな。おめえはどうでもいいが、おかよちゃんははずせねえ」

    「何を言ってやがる」

    「おめえが仕事中のおかよちゃんに無理やり挑んでるとこを描いてやらア」

    「おい、そいつはうまくねえぜ。しっぽり濡れてるとこを頼むぜ」

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