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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 04
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    矢場の女


     

    20.一九と麻吉

     

     

     のんびりと朝寝を楽しみ、朝湯に入って、さっぱりした一九と麻吉は飯炊きの婆さんが用意してくれた朝飯を食べていた。

     今日も雨降り、平兵衛池に行くのは諦めなければならなかった。

     昨夜、遅くなって都八とおかよは帰って来て隣りの部屋で寝ていたが、朝早く、どこかに行ったきり帰って来ない。津の国屋の旦那はまた、桐屋に泊まったようだった。

    「ねえ、夢吉ねえさんと月麿さん、うまく行ったかしら」

     麻吉は箸を止めて、一九を見た。

    「うまくやってんじゃアねえのか」と一九は何げなく言ったが、少し顔を曇らせ、

    「しかし、相模屋が面倒だな。二人の様子を知ったら邪魔するかもしれねえ」

    「そうね」と麻吉も不安そうにうなづく。

    「わざわざ、ねえさんの後を追って来たんだものね。騒ぎにならなけりゃいいけど‥‥‥」

    「このまま、放っちゃアおけねえな。奴らのために相模屋と掛け合わなくちゃアならなくなるかもしれねえ」

    「先生、うまく、話をつけてよ」

    「いや、俺は相模屋とは面識がねえからな、津の国屋の旦那に頼んだ方がいいだろう」

    「そうね、旦那ならうまくやってくれるわよ」

    「そういやア、おめえたちも相模屋の面を知らなかったそうじゃねえか。あの頃、おめえたちも辰巳(たつみ)にいたんだろ」

    「勿論、いたわよ。でも、相模屋の旦那は夢吉ねえさんしか揚げなかったのよ。ねえさんと出会う前は他の芸者(こ)も揚げたらしいけど、そん時、わちきらは呼ばれなかったし、ねえさんを身請けした後も何度かお客さんを連れて見えたようだけど、わちきらは呼ばれなかったのよ。噂は色々と聞いてるんだけどね、あの人、向島(むこうじま)にねえさんを囲ってたでしょ。だから、お客さんを連れて遊びに行くとしても、深川よりも吉原(よしわら)の方に行ったみたい。お客さんを吉原で遊ばせて、自分はねえさんとこに通ってたみたいよ」

    「成程、やはり、向島に囲ってたのか」

     麻吉はうなづきながら、一九にお茶を入れてくれた。

    「わちきらが中善にいた時、あの人、ねえさんを訪ねて来たんだけどね、あの頃、わちきらを訪ねて来たのはあの人だけじゃなかったのよ。だって、深川で遊んだ事のある人なら、みんな、夢吉ねえさんの名は知ってるし、久し振りに会いに来たとか言ってやって来るのよ。ねえさんもそんなの一々、相手にしなかったけどね、相模屋さんの時はねえさん、ちょっと義理のある人に会っちゃったとか言って出てったの。まさか、あの人が相模屋さんだったなんて、わちきら、ちっとも気づかなかったわ」

    「そうだったのか‥‥‥」

     一九はうまそうにお茶を飲むと、麻吉を眺め、

    「ところで、おめえは俺の面を知ってたのか」と聞いた。

    「なに言ってんのよ。わちき、先生たちのお座敷に出たのよ。覚えてないの」

     麻吉はふくれて、一九を睨(にら)んだ。

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    麻吉

     

    19.湯煙月

     

     

     土砂降りの雨の中、湯安(ゆやす)に帰ると主人の安兵衛が深刻な顔をして番頭らと何やら相談をしていた。

    「例のお客さんがまだ着かないのですか」と一九は聞いた。

    「これは先生、お帰りなさいませ」

     安兵衛は愛想笑いを浮かべながら、頭を下げた。

    「困った事になりました。無事であってくれればいいのですが‥‥‥ところで、先生、今日はいかがでしたか。途中で雨に降られて大変だったでしょう」

    「いえいえ、かなりの収穫がありましたよ。眺草(ちょうそう)先生と夕潮(せきちょう)先生が一緒に行ってくれましたので、色々と話を聞く事ができました。それに、若旦那も一緒に来てくれましたし」

    「なんだ、おまえも御一緒したのか」と安兵衛は新三郎を見た。

     新三郎は返事もしないで、あらぬ方をぼんやりと眺めていた。

    「若旦那には町の案内もしてもらって大いに助かっております」

    「そうですか。どうぞ、こき使ってやって下さい。まったく、遊んでばかりいて困ります。先生からもよく言ってやって下さい」

    「いや、しっかりした息子さんですよ」

    「先生にあまり迷惑をお掛けするんじゃないぞ」と安兵衛は息子を睨み、顔を和らげると一九におやすみなさいませと頭を下げた。

     部屋に帰る途中、一九はまだ来ない客の事を新三郎に聞いた。

     客の名は山崎屋四郎兵衛(しろべえ)といい、信州中野の質屋の旦那だった。先代の頃からの馴染み客で、毎年、今頃の暇な時期に若い妾(めかけ)を連れてやって来る。四年前、草津に来る途中、山賊に襲われて、身ぐるみ剥がされて大騒ぎになった事があった。その時も番頭が先に着いて、部屋の用意をして待っていたがなかなか来ない。ようやく、暗くなってから旦那と妾が素っ裸でやって来た。どこかの宿屋で借りたとかで、手拭い一枚だけを持っていた。翌年はそれに懲りたのかやって来なかった。ところが、去年、新しい若い妾とかったい乞食(こじき)の格好でやって来て皆を驚かせた。新三郎もたまたま、その格好を見たが、手足に汚れた布(きれ)を巻き付け、顔をそむけたくなる程、汚い乞食だったという。そして、着替えた姿を見て、再び、驚いた。汚い乞食娘が、まるで嘘のように美しい娘に変身していた。山崎屋の旦那は自慢気に妾を見せびらかして歩いていたという。

    「ほう、それじゃア、今年もかってえ乞食のなりで来たのかな」

    「多分、そうでしょう」

    「その山崎屋の旦那ってえのは、かなりの年配なのか」

    「いえ、まだ四十前です。それ程、いい男には見えませんよ。なんで、あんな男にあんないい女がくっつくんでしょうねえ。勿体ねえ事です」

    「お金の力でしょ。どうせ、その女だって見かけはいいけど、つまらない女なのよ」

     麻吉がねえというように一九を見た。

    「かもしれねえな。しかし、お得意様じゃア放ってもおけねえ。湯安の旦那も大変なこったな」

    松本幸四郎の定九郎

     

    18.桐屋の宴

     

     

     京伝(きょうでん)、鬼武(おにたけ)、善好(ぜんこう)、都八(とっぱち)の弟の長次郎は湯安(ゆやす)の上(かみ)屋敷の奥にある二階建ての二階の壷(つぼ)を借りていた。そして、夢吉も中善からそこに移り、ずっと隠れていた。月麿もまさか、同じ宿に夢吉がいるとは夢にも思っていなかったので、まったく気が付かなかった。

     内湯に入って濡れた着物を着替えた一九、津の国屋、月麿、都八らは桐屋に行くため、待ち合わせた帳場に向かった。夕飯時なので、おかずを売る者たちが威勢のいい声を掛けながら廊下を歩いている。夢吉に会えて嬉しくてしょうがない月麿は、物売りたちに声を掛けては馬鹿な事を言って笑わせていた。

     帳場には夢吉たちの姿はなかった。例の客がまだ着かないのか、番頭が心配顔で帳場に座っていた。

     新三郎が庭の方からやって来た。新三郎のお陰で、おかよとお島も一緒に行ける事になり、都八が喜んだ。

     月麿は先程の惨(みじ)めな自分を反省したのか、真剣な顔をして新三郎に剣術の事を聞いている。月麿が新三郎に教えられた通りに棒切れを振り回していると、ようやく、京伝、鬼武、そして、夢吉が現れた。

     湯上がりの夢吉はすっかり、深川の頃に戻っていた。洗い髪を櫛巻(くしまき)にして、江戸紫の単衣(ひとえ)に深川鼠(ねずみ)の帯をぐっと仇(あだ)に結び、涼やかな目で月麿を見つめて、にっこりと笑った。

     その姿を見た時、月麿は目頭がジーンと熱くなって来た。その単衣は月麿が喜久麿と名乗っていた頃、美人絵を描いた時に夢吉が着ていた裾(すそ)に蝙蝠(こうもり)が飛び回っている単衣だった。

     夢吉は月麿がその事に気づいた事を知ると照れ臭そうに笑った。

    「変わらねえなア」と月麿は思わず言った。

    「おまえさんだって、ちっとも変わってないじゃない」

    「そういやア、俺も変わっちゃアいねえか」

     二人は笑い合った。夢吉の単衣によって、お互いのわだかまりがすっかり解けたような気がした。

    「いよお、夢吉ねえさん、相変わらず、仇っぺえねえ」と都八が囃(はや)し立てた。

    「月麿兄さんにゃア勿体(もってえ)ねえや。このう、うめえ事やりやがって」

    「おい、月麿、夢吉はな、おめえが歌麿師匠を越える絵師になると信じている。そいつを裏切るんじゃアねえぞ。おい、わかったか」と浪人者から町人姿になった鬼武が脅かす。

    「へい、合点(がてん)でさア」

    「夢吉は浮気者は嫌えだとさ。おめえ、江戸に帰っても、もう、あちこちで遊んじゃアいられねえぞ」と京伝も渋い顔をして言う。

    「へい、勿論でさア」

     月麿は何を言われても、嬉しくてニヤニヤしている。

     京伝らは一九たちに見つからないように草津に来てから、ほとんど部屋から出なかった。一九たちが来る前に、村の様子を知るため、あちこち歩き廻ったが、顔を隠して、料理屋は勿論の事、どこにも立ち寄らなかった。いつどこで、京伝の顔を知っている江戸者と出会うかわからない。そんな者に出会えば、京伝が草津に来ている事はあっと言う間に噂になってしまう。そうなれば何もかもが台なしとなる。勿論、滝の湯や熱の湯などの湯小屋にも行けなかったし、内湯ですら、一九たちが来ないという確信が得られなければ入る事ができず、まったく、窮屈な日々を送っていた。ようやく、茶番も終わって、桐屋に行く事ができ、皆、大はしゃぎだった。善好と長次郎の二人は宴会の準備をするために、すでに桐屋に行っていた。

     豊吉、麻吉、藤次も中善で着替えて来て、一行はぞろぞろと雨の中、桐屋に繰り出した。人数が多いので、池の北側に建つ白根亭という離れに通された。すでに、お膳が並び、芸者たちも待っていた。

    市川団十郎のしばらく

     

    17.再会

     

     

     雨降る中、薬師堂はひっそりとしていた。石段の上でウロウロしている月麿の他、人影は見えなかった。

    「おい、夢吉はいねえのか」

     一九が石段を登りながら声を掛けると、

    「どこにもいねえ」と情けない顔をして首を振る。

    「先生、悲しい虫ってえのは、蛙(かわず)の事かい」

    「だろうな。今頃、鈴虫は鳴くめえ」

    「先生、あの謎には夕べと書いてあったが、日にちは書いてなかった。もしかしたら昨日の夕べだったんじゃアねえか」

    「かもしれねえな。おめえが早く、謎を解かねえから、この雨ん中、待ちくたびれて帰(けえ)っちまったそうだ」

    「そんな‥‥‥」

    「いや、夢吉は来るよ」と津の国屋が自信ありげに言った。

    「どうも、夢吉はおめえの動きをじっと見てるような気がするぜ。どこかで、おめえがここに来たのを見て、やって来るに違えねえ」

    「そうだ。絶対に夢吉は来る」

     月麿は大きくうなづいて、石段の上から広小路を見下ろした。

    「夢吉ねえさん、どんな顔してやって来るんだろ」と豊吉が麻吉に言った。

    「きっと、会いたかったって、月麿さんに飛びつくんじゃないの」

     麻吉が言うと、

    「馬鹿言うねえ。そんな事あるかい」と月麿は照れたが、嬉しそうにニヤニヤしている。

    「月麿さん、何年振りの御対面だい」と藤次が月麿の顔を覗く。

    「そうさなア、夢吉の奴は俺が手鎖(てぐさり)になった時、相模屋んとこに行っちまったからな。あれから丁度、丸四年にならア」

    「ねえ、四年間、一度も会わなかったの」と豊吉が聞く。

    「ああ、一度も会っちゃアいねえ」

    「四年か‥‥‥長いわねえ。夢吉ねえさん、変わっちゃったかもよ」

    「なんだと。おめえたち、夢吉と一緒に来たんだろ。夢吉の奴は変わってたのか」

    「心配(しんぺえ)するねえ」と藤次が月麿の肩をたたく。

    「あっしが見たとこ、ねえさんは変わっちゃアいなかったよ。昔と同じさ。いや、昔より、もっと色っぽくなっていやがった」

    「おう、そうかい。こん畜生め、早く会いてえなア」

     月麿は待ち切れなくて、仁王門の所まで降りて行った。見ちゃアいられねえと津の国屋は豊吉と麻吉を連れて薬師堂の軒下に行って雨宿りをする。藤次も後を追って行った。

     津の国屋らがいなくなると新三郎が一九に声を掛けて来た。

    「先生、俺、ずっと考えてたんだけど‥‥‥」

    「お鈴ちゃんの事かい」と一九は聞いた。

     新三郎は一九を見つめて、うなづいた。

    「会って来たのか」

     新三郎は首を振った。

    「もう帰った後でした」

    「そうか。あの娘(こ)はしっかりした娘(むすめ)さんだよ」

    「はい。もう一度、ちゃんと話をしたかったんだけど‥‥‥」

    「相手は奉公人(ほうこうにん)の娘、おめえさんは若旦那だ。難しいな」

    「ええ、でも‥‥‥」

    「あの娘の心をつかむには、おめえさんもそれなりの覚悟を決めなくちゃアならねえよ」

    「それなりの覚悟ですか」

    「そうさ。あの娘だって好きで、あんなかってえの中に入(へえ)ってったわけじゃアねえだろう。医者としてやらなけりゃならねえと覚悟を決めて入ってったんだ。そいつは並の覚悟じゃねえ。命懸けの覚悟だ。あんな事をしてる事が村の者たちに知れたら、どんな陰口をたたかれるか、わかったもんじゃねえ。何もかも捨てて掛かってるんだ。そんな娘を相手にするからには、若旦那の方も何もかも捨てる覚悟じゃねえと相手にはされねえぞ」

    「‥‥‥」

    豊吉

     

    16.解けた謎

     

     

     中善(なかぜん)を出た月麿は真っすぐ、通りを挟んだ山十(やまじゅう)に行って、相模屋がまだいるかどうかを聞いた。

     山十の番頭は、相模屋は連れの河内屋と一緒に今朝早く、白根山に登ったと答えた。戻って来るんだろうなとしつこく聞くと、お金を預かっているので、必ず戻って来ると言い切った。月麿は安心して、一九がもう帰っているかもしれないと土砂降りの中、湯安(ゆやす)に向かった。

     誰もいないだろうと三階の壷(つぼ)に行くと津の国屋たちが帰っていた。湯から上がったばかりとみえて、汗を拭きながら団扇(うちわ)をあおいでいる。豊吉と麻吉も一緒で、洗い髪に長襦袢(ながじゅばん)姿でくつろいでいた。

    「月麿先生、その面じゃ、まだ、夢吉と会えねえらしいな」と津の国屋が笑った。

    「まったく、参ったぜ。とんだ酒盛りになっちまった。滝を眺めながらいい気で飲んでたら、突然の大雨だ。慌てて帰って来たら、こっちは今、降って来たばかりだって言うじゃアねえか。どうやら、雨雲と一緒に帰って来たようだ」

    「お髪(ぐし)が台なしになっちゃったわ。これじゃア、お座敷に出られやしない」

     豊吉と麻吉が髪の心配をしていると、

    「いいじゃアねえか。おめえたちはお糸と違って、まだ桐屋に雇われちゃアいねえんだ。座敷に出る事もあるめえ。おめえたちの花代は俺がちゃんと払ってやるよ」と津の国屋が太っ腹な所を見せる。

    「さすが、旦那、ほんと、いいとこで出会ったわ。もし、旦那に会わなけりゃ、わたいら、もう干乾(ひぼ)しになってたわ。草津に連れて来た御本人の夢吉ねえさんはどっかに消えちゃうし、桐屋にいる梅吉ねえさんはもう少し待っててって言うばかりで、ちっとも埒(らち)があかないんだから」

    「なに、俺だって、いい連れができたと思ってんだ。気にするねえ。ところで、月麿、例の仕事の件はどうなってんだ」

    「例の仕事?」

     壷の入口にぼうっと立って話を聞いていた月麿は、きょとんとした顔をして津の国屋を見た。

    「忘れてもらっちゃア困るな。ほれ、例のわ印(じるし)(春本)だよ。ちゃんといいのを描(か)いてくれよ」

    「わかってますよ、旦那。夢吉が見つかりゃア、もう、さっさっさと片付けまさア」

     月麿は津の国屋から逃げるように壷に入ると隅の方に行って腰を下ろした。

    「ねえ、月麿さん、ほんとにわ印を描くの」

     豊吉が興味深そうに聞くと、

    「そうさ。歌麿師匠に負けねえ素晴らしい奴を描くそうだ」と津の国屋がニヤニヤしながら答えた。

    「わあ、凄い。わたい、いつも思ってたんだけど、ああいう絵ってほんとに見て描くの」

     豊吉だけでなく、津の国屋も麻吉も都八(とっぱち)も興味深そうな顔をして月麿を見ていた。

    「そりゃア、見て描く時もあるさ。師匠くれえになると吉原の花魁(おいらん)たちも自分から進んで裸になってくれたが、売れねえ絵師(えし)はそうはいかねえ。安女郎(やすじょろう)かてめえの嚊(かかあ)を裸にして、後は師匠のわ印を手本にして描くのさ」

    「へえ、やっぱり、歌麿師匠は花魁を見ながら描いてたんだ」

     豊吉は納得顔で、津の国屋とうなづきあう。

    「全部が全部、見たってわけじゃねえ。師匠ほどの腕がありゃア、何も見ねえたって描けるんだ」

    「そうだろうねえ。あれだけ名人なんだもんね。女の体なんて隅から隅まで知ってんだね、きっと。ねえ、月麿先生、わたいを描いてくれない。わたいももう若くないしさ、今のうちに絵に描いてもらって残しときたいのよ。わたいと旦那が一緒のとこをさ、ねえ、旦那、いいでしょ」

    「おう、そいつは面白え趣向(しゅこう)だ」と津の国屋は乗り気になる。

    「歌麿師匠が描いたわ印に京伝(きょうでん)先生や唐来参和(とうらいさんな)先生が出てたのがあったっけ。なあ、月麿、その趣向で行こうぜ。俺と豊吉だけでなく、一九先生に麻吉、都八とおかよ、藤次とお糸、ついでにおめえと夢吉も描いたらいい。よし決まった。そいつで行こう」

    「そいつは面白えや。おかよとのいい思い出にならア」と都八も手を叩いて喜んだ。

    「旦那たちはいいけど、俺と夢吉はどうも‥‥‥」と月麿は煮え切らない。

    「なに言ってんでえ。おめえが草津に来られたのは誰のお陰なんだ」

    「そいつは勿論、旦那のお陰で」

    「それなら話は決まった。さっそく、始めてくれ」

    「わたいが一番よ」と豊吉がさっさとしごき帯を解いて、長襦袢を脱ぎ捨てた。

     絵に描いてくれと言うだけあって、磨き抜かれた白い肌に形のいい乳房が現れた。

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