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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 03
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    歌川国安画 草津温泉・滝の湯


     

    10.謎の文

     

     

     夜が明けた。

     夢吉はついに帰って来なかった。月麿は一睡もせずに夢吉の帰りを待っていた。

     中善(なかぜん)の宿屋の二階の廊下に座り込み、疲れきった顔で広小路を眺めていた月麿は部屋の方を振り返った。太鼓持ちの藤次が何事か寝言を言っている。湯安(ゆやす)の座敷に行ったまま、豊吉と麻吉の二人は帰って来なかった。

    「畜生、どこに行っちまったんでえ」

     小雨がまた降っている。とうとう、梅雨に入ってしまったようだ。

     朝湯に向かう客の下駄の音が廊下に響き、豆腐売りの声も聞こえて来た。

    「あのう、もし」と女の声がした。

     月麿が声の方を向くと漬物売りの娘が立っていた。

    「いらねえよ」と月麿は手を振った。

    「あのう、江戸からいらした豊吉さんのお連れさんですか」

    「豊吉ねえさんならいねえよ。何か用か」

    「それじゃア、月麿さんて方はいますか」

    「なに、月麿は俺だが」

     月麿は不思議そうに娘を見た。

    「文(ふみ)を頼まれたんですけど」と娘は手に持っている手紙を見せた。

    「俺に? 誰からでえ」

    「夢吉からだって言えばわかるって」

    「なんだ、夢吉からの文だと」

     月麿は娘の手から引ったくるように手紙を受け取った。手紙は二つあり、一つは豊吉あて、もう一つは月麿あてだった。

    「おい、おめえ、こいつをどこで頼まれたんだ。夢吉はどこにいるんだ」

    「滝の湯の所で頼まれました」

    「なに、滝の湯に夢吉がいるのか」

     月麿は手摺りから身を乗り出して、『滝の湯』の方を見た。しかし、夢吉の姿は見えなかった。

    「はい、滝の湯のお茶屋さんで声を掛けられたんです」

    「で、夢吉は一人でいたのか」

    「一人だと思いますけど」

    「ありがとよ」と言うと、月麿は一目散(いちもくさん)に『滝の湯』に向かった。

     『滝の湯』には気楽な顔して、のんびり朝湯に浸かっている男が六人いるだけで、夢吉の姿はどこにもなかった。茶屋の女もまだ一人しかいない。その女に夢吉の事を聞くと、そんな女は来ていないという。漬物売りの娘に文を渡したはずだと言うと、それは女ではなく若い男だったと言う。

    「若え男が文を渡してたのか」

    「そうですよ。その娘(こ)、おくりちゃんて言うんだけどね、おくりちゃんに文を頼んでたのは、確かに若い男さ」

    「誰なんでえ、その男ってえのは」

    「そんな事、知りませんよ。ただ、地元の人じゃないね。見た事ないからね。ここに来たばかりのお客さんじゃないのかい。まだ、髪を解いてなかったからねえ」

    「くそっ、一体(いってえ)、誰なんでえ」

    「ちょっと話を聞いちゃったんだけどね、その男、夢吉とか豊吉とか言ってたけど、中善さんにいる江戸の芸者さんの事だんべ」

    「おめえ、夢吉を知ってるのかい」

    「そりゃア知ってますよ。ここに来るお客さんがよく噂してます。桐屋さんで働くんだってねえ。みんな、楽しみにしてますよ」

    「へっ、そいつはどうだかわからねえよ」

     月麿は湯安に帰ると廊下を歩きながら手紙を読んだ。

     


    一、お軽(かる)とかけて、橋の上の番屋(ばんや)ととく、その心は何でしょう
    二、十四、五の妾(めかけ)とかけて、昔の酒盛りととく、その心は何でしょう

      正午にお出で下されたく願い上げ参らせ候(そうろう)、めでたくかしく
                                                      夢
     

     

     

    「なんでえ、こりゃア」

     二つの謎はすぐに解けた。

     一の答えは『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の七段目、一力(いちりき)茶屋の場面でのお軽(かる)の有名なせりふ、

    『風に吹かれているわいな』

     二の答えは『かわらけ』

     『かわらけ』というのは素焼きの陶器の事で、それに似ている事から、陰毛(いんもう)のない女性の事を『かわらけ』と呼んでいた。数え年で十四、五歳の妾はまだ、あそこに毛がないので『かわらけ』、昔の酒盛りも『かわらけ』の盃(さかずき)を使用した。

     謎は解けたが、『風に吹かれているわいな』と『かわらけ』が何を意味するのか、さっぱり、わからなかった。

     月麿は豊吉あての手紙も見てみた。

    『わたしは大丈夫、心配しないで 夢』としか書いてなかった。

    「先生、大変(てえへん)だ、大変だ」と月麿が湯安の壷(つぼ)に駆け込むと、まだ、みんな眠りこけていた。

    「やかましい野郎だな。なんでえ、朝っぱらから」

     一九が目をこすりながら顔を上げた。一九の隣りには麻吉が寝ている。もう一つ、布団が敷いてあるが誰もいない。布団の回りには二人の着物が脱ぎ散らかしてあった。障子(しょうじ)が閉まっていて隣りの部屋は見えない。津の国屋と都八は向こうの部屋で寝ているようだった。

    「おめえ、一晩中、夢吉を捜してたのか。御苦労なこった」

    「先生、大変なんだ」

    「大変なのは聞こえた。夢吉が見つかったんか」

    「そうじゃアねえんで。夢吉から手紙が来たんですよ」

    「ほう、そいつはよかったじゃねえか」

    「それが、ちっともよくねえんで。何が何だか、さっぱりわからねえ」

    「何を寝ぼけてやがんでえ。夢ん中で手紙を貰ったんじゃアねえのか」

    「先生、これ見て下せえ」

     一九は寝そべったまま、手紙を読んだ。

    「なんでえ、こりゃ」

    「謎は簡単に解けるんだけど、意味がさっぱりわからねえ」

    「夢吉ねえさんが見つかったの」と麻吉が目を覚まして月麿を見た。

     月麿は情けない顔で首を振った。

    「昨夜(ゆうべ)、飲み過ぎたかしら」と麻吉は顔をしかめてから隣りを見て、

    「よの字(豊吉)はもう帰ったの」と一九に聞く。

    「いや、向こうで旦那と仲良くおねんねさ」

    「そう。ねえ、月麿さん、それ取ってくれる」

     月麿は麻吉の半四郎鹿(か)ノ子の長襦袢(ながじゅばん)を取って渡した。

    「答えは『風に吹かれているわいな』と『かわらけ』だな」と一九も簡単に謎を解いた。

    「正午にお出で下されたく願い上げ参らせ候だってよ。よかったじゃねえか」

    「よかったって、一体(いってえ)、どこに行ったらいいんです。そいつがわからねえんですよ」

    「きっと、一力茶屋の二階(にけえ)じゃアねえのか」

    「冗談はよして下せえ」

    「風に吹かれてっていうんだから、どこか高えとこだろう」

    「でも、『かわらけ』ってえのは一体、何の事だ」

    「なに、どうしたの」と長襦袢をまとった麻吉が手紙を覗き込んだ。

    「月麿の奴が夢吉から恋文(こいぶみ)を貰ったんだとさ」

    「あら、よかったじゃない。夢吉ねえさん、帰って来たのね」

    「そいつがまだなんだ。月麿の奴が、この謎を解いたら、会ってくれるらしいな。おめえ、夢吉に遊ばれてんじゃアねえのか」

    「そんな‥‥‥でも、俺があそこにいたのをどうして知ってんだ」

    「どこかで、こっそりとおめえの様子を探ってるんじゃアねえのか。きっと、風に吹かれながらな」

    「先生、真面目に考えて下せえよ」

    「どうした、夢吉は見つかったのか」と隣りの部屋から津の国屋と豊吉が出て来た。

    「おめえに手紙だ」

     一九は豊吉あての手紙を渡した。

    「あら、夢吉ねえさん、帰って来たのね」

    「まだなんだってさ」と麻吉が言う。

     津の国屋も謎の手紙を見て考える。

    「風に吹かれて、『かわらけ』があるといやア、飛鳥(あすか)山だ。草津にもそんなとこがあるんじゃアねえのか」

    「そうか、かわらけ投げか」と月麿は手を打ってうなづく。

    「土地の奴に聞きゃア、すぐにわかる。おお、そうだ。おかよちゃん、起きたかい」

     津の国屋が隣りの部屋に声を掛けた。

    「おかよちゃんてえのは壷回りの娘か」と一九が不思議そうに聞く。

    「そうさ。都八の野郎、うまくやりやがったぜ。昨夜、遅くなって奴のとこにやって来たのさ」

    「ほう、やるじゃねえか」

    「なんです」と寝ぼけた顔で都八が顔を出した。

    「おめえじゃねえ。おかよちゃんに聞きてえ事があるんだよ」

    「今、着替えてます。ちっと待ってやって下せえ」

    「おい、うまくやりやがったな」と一九が冷やかすと、

    「へい、可愛い女子(おなご)なんですよ」と都八は頭をかいた。

    「おめえにゃア勿体(もってえ)ねえ」と津の国屋が肘でつついた。

    「あたしに聞きたい事って何でしょう」

     おかよが恥ずかしそうに顔を出した。

    「草津で、かわらけ投げをやってるとこがどっかにあるのか」

     月麿が意気込んで聞くが、おかよは何の事かわからないという顔をして皆を見た。

    「かわらけを谷に向かって投げるあれだよ。どっかでやってねえか」

    「さあ、そんなの聞いた事ありませんけど」

    「なにイ、草津にそんなとこはねえのか」

    「はい、かわらけを投げるとこなんて、そんなとこありません」

    「くそっ」

    「かわらけ投げがねえとすると、どういう事だ」と津の国屋が一九を見た。

    「風に吹かれるとこで、かわらけに関係あるようなとこ、どこか知らねえか」

     一九はおかよに聞いた。

    「風に吹かれる所で、かわらけですか‥‥‥さあ、わかりませんけど」

    「畜生、一体、夢吉はどこにいるんだ」

    「風に吹かれるってえんだから高え所だろう」と都八が言うと、

    「そんな事アわかってらア」と月麿は怒鳴った。

    「とにかく、高えとこを捜す事だな。どこかに、かわらけがあるかもしれねえ」

    「くそっ、じっとしちゃアいられねえ」

     月麿は夢吉の手紙を都八から引ったくると飛び出して行った。

    「あいつ、一睡もしてねえんじゃアねえのか」と津の国屋が豊吉の手を取りながら言う。

    「本気だな」と一九が呟(つぶや)いた。

    「夢吉ねえさん、幸せね。あんなに思ってくれる人がいて」

     豊吉が羨(うらや)ましそうに言う。

    「何を言う。おめえには俺がいるだろう」と津の国屋が豊吉の顔を覗くと、

    「だって、旦那は浮気者だもの」と豊吉はぷいとそっぽを向く。

    「もしかしたら、夢吉ねえさんも月麿さんの事、好きかもしれないわねえ」と麻吉がしみじみと言った。

    「なに、そいつは本当か」

     一九は驚いて麻吉を見た。

    「ねえさん、月麿さんの描いた絵をとても大事にしてるのよ。今度、草津に来る時だって、月麿さんの絵を持って来てるのよ」

    「それ、ほんとなの」と豊吉も驚いている。

    「ほんとよ。わちき、ねえさんの荷物、ちらっと見ちゃったのよ。荷物の中には昔、ねえさんが芸者していた頃の着物しか入ってなかったの。草津に芸者をしに来たんだから当然なんだけど、相模屋さんに買ってもらった着物だって、いっぱいあるはずでしょ。でも、そんな着物はみんな置いて来たんですって。相模屋さんも大変だし、買ってもらった物はみんな置いて来たって言ってたわ。そのくせ、月麿さんの絵はちゃんと大事に持って来てるのよ」

    「夢吉に見せてもらったのか」

    「そうじゃないの。なにそれ、見せてって言ったら、ねえさん、これは駄目、一番大事な物なのって見せてくれないのよ。でも、駄目って言われれば余計に見たくなるじゃない。それで、たまたま、一人になった時、ねえさんには悪いと思ったけど、こっそり、見ちゃったの。そしたら、月麿さんがねえさんを描いた絵が出て来たのよ。その頃は月麿じゃなくて、喜久麿って書いてあったけど、いい絵だったわ」

    「夢吉は奴が喜久麿って名乗ってた頃の絵をずっと大事(でえじ)に持ってたのか」

     一九は信じられないという顔をして、うなづく麻吉を見ている。

    「それじゃア、ねえさん、相模屋さんと一緒にいた時もずっと、月麿さんの事を思ってたのかしら」

    「きっと、そうよ。そうじゃなきゃ月麿さんの絵を大事に持って来やしないわ」

    「こいつはまんざら、月麿の奴もうまくやるかもしれねえなア」と津の国屋が顎(あご)を撫でながら唸る。

    「面白くなって来やがった。月麿と夢吉の出会いの場を是非とも拝見しなけりゃならねえな。俺は奴を追ってくぜ。おかよちゃん、俺はちょっと行ってくらア。また、今晩、会おうな」

     おかよが可愛くうなづくのを見ると、都八は出て行った。

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