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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2024 . 03
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    市川団十郎のしばらく

     

    17.再会

     

     

     雨降る中、薬師堂はひっそりとしていた。石段の上でウロウロしている月麿の他、人影は見えなかった。

    「おい、夢吉はいねえのか」

     一九が石段を登りながら声を掛けると、

    「どこにもいねえ」と情けない顔をして首を振る。

    「先生、悲しい虫ってえのは、蛙(かわず)の事かい」

    「だろうな。今頃、鈴虫は鳴くめえ」

    「先生、あの謎には夕べと書いてあったが、日にちは書いてなかった。もしかしたら昨日の夕べだったんじゃアねえか」

    「かもしれねえな。おめえが早く、謎を解かねえから、この雨ん中、待ちくたびれて帰(けえ)っちまったそうだ」

    「そんな‥‥‥」

    「いや、夢吉は来るよ」と津の国屋が自信ありげに言った。

    「どうも、夢吉はおめえの動きをじっと見てるような気がするぜ。どこかで、おめえがここに来たのを見て、やって来るに違えねえ」

    「そうだ。絶対に夢吉は来る」

     月麿は大きくうなづいて、石段の上から広小路を見下ろした。

    「夢吉ねえさん、どんな顔してやって来るんだろ」と豊吉が麻吉に言った。

    「きっと、会いたかったって、月麿さんに飛びつくんじゃないの」

     麻吉が言うと、

    「馬鹿言うねえ。そんな事あるかい」と月麿は照れたが、嬉しそうにニヤニヤしている。

    「月麿さん、何年振りの御対面だい」と藤次が月麿の顔を覗く。

    「そうさなア、夢吉の奴は俺が手鎖(てぐさり)になった時、相模屋んとこに行っちまったからな。あれから丁度、丸四年にならア」

    「ねえ、四年間、一度も会わなかったの」と豊吉が聞く。

    「ああ、一度も会っちゃアいねえ」

    「四年か‥‥‥長いわねえ。夢吉ねえさん、変わっちゃったかもよ」

    「なんだと。おめえたち、夢吉と一緒に来たんだろ。夢吉の奴は変わってたのか」

    「心配(しんぺえ)するねえ」と藤次が月麿の肩をたたく。

    「あっしが見たとこ、ねえさんは変わっちゃアいなかったよ。昔と同じさ。いや、昔より、もっと色っぽくなっていやがった」

    「おう、そうかい。こん畜生め、早く会いてえなア」

     月麿は待ち切れなくて、仁王門の所まで降りて行った。見ちゃアいられねえと津の国屋は豊吉と麻吉を連れて薬師堂の軒下に行って雨宿りをする。藤次も後を追って行った。

     津の国屋らがいなくなると新三郎が一九に声を掛けて来た。

    「先生、俺、ずっと考えてたんだけど‥‥‥」

    「お鈴ちゃんの事かい」と一九は聞いた。

     新三郎は一九を見つめて、うなづいた。

    「会って来たのか」

     新三郎は首を振った。

    「もう帰った後でした」

    「そうか。あの娘(こ)はしっかりした娘(むすめ)さんだよ」

    「はい。もう一度、ちゃんと話をしたかったんだけど‥‥‥」

    「相手は奉公人(ほうこうにん)の娘、おめえさんは若旦那だ。難しいな」

    「ええ、でも‥‥‥」

    「あの娘の心をつかむには、おめえさんもそれなりの覚悟を決めなくちゃアならねえよ」

    「それなりの覚悟ですか」

    「そうさ。あの娘だって好きで、あんなかってえの中に入(へえ)ってったわけじゃアねえだろう。医者としてやらなけりゃならねえと覚悟を決めて入ってったんだ。そいつは並の覚悟じゃねえ。命懸けの覚悟だ。あんな事をしてる事が村の者たちに知れたら、どんな陰口をたたかれるか、わかったもんじゃねえ。何もかも捨てて掛かってるんだ。そんな娘を相手にするからには、若旦那の方も何もかも捨てる覚悟じゃねえと相手にはされねえぞ」

    「‥‥‥」

     傘が一つ、こっちに向かって来た。月麿が勢いよく石段を駆け降りて行った。どうやら、夢吉ではないようだった。月麿がその傘と何やら話した後、傘は石段を登って来た。都八(とっぱち)だった。

    「おめえ、また、おかよんとこに行ってたのか」と一九が言うと都八はへへへと笑った。

    「『夢吉月麿、薬師堂、出逢いの場』を是非とも見せようと思ったんですがね、なにやら、忙しいようで」

    「そういえば、さっき、客が来ねえとか騒いでたが、その客は着いたのか」

    「それなんですよ。もうとっくに着いていいはずなのに、まだ着かねえらしいですよ。部屋の用意は整ったんですがね、その客が着かねえもんだから、おかよの仕事も終わらねえんですよ」

    「ふーん、雨ん中、道に迷ったのかな」

    「さあ。若え妾(めかけ)と一緒らしいから、どっかで雨宿りしながら、しっぽり濡れてんじゃアねえですか」

    「いい身分だな」

    「こっちもいよいよ、幕が開(あ)きそうですね」

    「ああ、落ち着きのねえ二枚目(にめえめ)がウロウロしてやがる」

     石段を登ったり下りたりしている月麿の傘を見ながら、一九が笑う。

     都八も月麿を見ながら、

    「ここに敵役(かたきやく)の相模屋でも登場すりゃア役者が揃うんですがね」と大笑いする。

    「馬鹿アぬかせ。相模屋まで出て来られちゃア、とんだ愁嘆場(しゅうたんば)だ。いや、泥仕合(どろじええ)になっちまう。せっかく出て来る夢吉がまた雲隠れしちまわア」

    「大丈夫(でえじょぶ)です。今さっき、山十(やまじゅう)を覗いて来たら相模屋はいませんでしたよ。また、桐屋か浪花(なにわ)屋で騒いでんでしょう」

    「しかし、相模屋の奴も本気で夢吉を捜してんだろう。もう諦めたのか」

    「諦めちゃアいねえだろうけど、この雨ん中、捜し廻ったってしょうがねえと思ってんでしょう」

    「まあ、そうだろうな」

     月麿が石段を登って来た。

    「先生、来ませんや。まもなく、日が暮れちまう」

    「心配(しんぺえ)するな。夢吉だって、四年振りにおめえに会うんだ。めかし込んでるに違えねえ。ウロウロしてねえで、じっくりと待つ事だ」

    「色男はつれえねえ」と都八は月麿を冷やかして津の国屋の方に行った。

     一九たちも雨宿りしようとした時、足音が近づいて来るのが聞こえた。石段からではなく、光泉寺(こうせんじ)の方からだった。やがて、傘をさした女の姿が見え、女は小走りにこっちにやって来た。

     期待を込めて月麿は見守ったが、前垂(まえだ)れをした女で、夢吉ではないらしい。

     女は一九たちのそばまで来ると息を弾ませながら、

    「お願いです。助けてやって下さい」と必死の面持ちで言った。

     見ると年の頃は十七、八の若い娘だった。娘は光泉寺の方を指さし、

    「今、女の人がお侍さんに無理やり、お墓の中に連れてかれました」と言った。

    「なんだと、おい、その女ってえのはどんな女なんだ」

     血相を変えて月麿が聞くと、

    「暗くてよくわからなかったんですけど、なんとなく芸者さんみたいな」

    「お侍(さむれえ)ってえのは顔に傷のある浪人者だな」

     娘は首を傾げたが、

    「あの野郎」と言いながら月麿は飛び出して行った。

    「なんだ、おめえ、お島じゃねえか」と新三郎が娘を見ながら言った。

    「どうして、こんなとこにいるんだ」

    「ああ、若旦那さん、あの、ちょっと用を頼まれたんです」

    「お鈴の妹なんですよ」と新三郎は一九に説明した。

    「うちで働いてるんです」

     一九と新三郎も月麿の後を追った。

     光泉寺の先に無縁寺(むえんでら)があり、光泉寺と無縁寺の間は墓場になっている。薄暗い墓場の中から、男と女が言い争っている声が聞こえて来た。

    「夢吉、大丈夫(でえじょぶ)か。やい、てめえは何者だ」

     月麿が叫んでいる。

     一九と新三郎が月麿の後ろまで行った時、浪人者が刀を抜いた。光る刃(やいば)の下で青くなっているのは、まさしく、夢吉だった。潰(つぶ)し島田に紺地の浴衣を着て、傘も差さずに濡れている。目を見開き、恐怖に脅えているが、四年振りに見る夢吉はやはり美しかった。

    「誰だか知らねえが、いらぬ邪魔だてはするな」と浪人者が低く響く声で言った。

    「へん、こちとら江戸っ子でえ。そんな脅しが通ると思ってんのか、え? 出場(でば)を間違(まちげ)えた定九郎(さだくろう)のなりをしやがって。五段目はもう終わった。さっさと帰(けえ)りやがれ」

     月麿が傘をすぼめて右手に持ち、浪人者に向かって行こうとした。声だけは威勢がいいが、へっぴり腰で膝はガクガク震えている。

     月代(さかやき)を伸ばし、黒の着流し姿の浪人者は刀を夢吉に向けたまま、妙に落ち着いた顔付きでこちらを見た。右頬の引きつった古傷が不気味で、人を斬る事など何とも思っていないようだった。

    「おぬしらには関わりのない事じゃ。ぐたぐた言ってねえで手を引け。邪魔だてすると命がねえぞ」

     面倒臭そうに浪人者は言った。

    「そうは行かねえ」と月麿も命懸けで刃向かう。

    「その女はな、この俺様に会いに来たんだ。てめえこそ、いらぬ邪魔だてするな。勘平(かんぺえ)の鉄砲に撃たれる前(めえ)に、さっさと消えちまえ」

    「ええ、うるさい奴らだ。どうせ、拙者(せっしゃ)はすでに命のない身、おぬしらみんな、道連れにしてやる」

     そう言うと浪人者は刀を振り上げ、振り返ると同時に夢吉を斬ってしまった。

     キャーと夢吉の悲鳴が響き渡った。

     目の前で起こった光景が信じられない事のように、月麿、一九、新三郎は呆然としたまま立ち尽くしていた。

    「夢吉!」と叫びながら、月麿が傘を放り出して、夢吉のもとに駆け寄った。

     夢吉は血だらけになってぐったりとしている。揺すってみても反応はなかった。

    「畜生!」

     かっとなった月麿は刀を持った浪人者に無手で飛び掛かって行った。

     浪人者は不敵に笑いながら、刀を振り下ろした。月麿は斬られた後、浪人者に蹴られて墓石にぶつかった。

     キャーと再び、悲鳴が響いた。豊吉と麻吉、そして、お島という娘が脅(おび)えた顔をして雨の中、立ち尽くしていた。

    「見るんじゃねえ」と津の国屋が三人を墓場から連れ出した。

     ようやく、我に返った一九は月麿を助けようと持っていた傘を浪人めがけて投げ付けた。しかし、それは何の役にも立たなかった。浪人者は簡単に刀で払い捨てた。

     その時、新三郎が棒切れを持って、浪人者に向かって行った。さすが、やっとうの修行を積んだらしく、棒切れを構えた格好は様(さま)になっていた。

     浪人者も新三郎の腕を悟ったらしく、刀を清眼(せいがん)に構えて、新三郎に対峙(たいじ)した。

     一九は泥だらけになって倒れている月麿に駆け寄った。月麿を揺すると気がつき、顔をしかめて墓石に当たった頭を両手で押さえた。

    「おい、大丈夫か」

    「痛え‥‥‥けど、俺は大丈夫だ。それより、夢吉の奴が‥‥‥」

     斬られたように見えたが、月麿は斬られていなかった。夢吉の名を叫びながら夢吉の所に駆け寄ると月麿は夢吉を抱き締めた。

     浪人者と新三郎は雨の中、対峙したままだった。

     突然、暮れ六つを知らせる鐘が鳴り響いた。鐘が鳴り終わるのが合図だったかのように、新三郎が浪人者に掛かって行った。新三郎の棒切れと浪人者の刀が空(くう)を切り、二人の位置が入れ替わった。

     新三郎は再び、清眼に棒切れを構えた。浪人者は刀を下段に下げると、

    「湯安の若旦那じゃな」と言った。

    「それがどうした」と新三郎が答えた。

     新三郎は今まで見た事がない程、真剣な顔付きだった。

    「なかなかの腕じゃ。このまま続けるとどっちかが怪我をする。こんな事で怪我するのはつまらん。この辺でやめておこう」

     浪人者はそう言うと刀を引いた。

    「なんだと。人を殺しておいて、その言い草はなんだ。神妙に刀を捨てろ」

     新三郎が息巻くと浪人者は苦笑して、刀を一九の方に放り投げた。

     一九は慌てて避けた。刀は泥の中に刺さるかに見えたが刺さらず、情けない音を立てて倒れた。

     何かおかしいと一九がその刀を手に取ると、やけに軽く、よく見ると金貝張(かながいば)りの竹光(たけみつ)だった。

    「おい、こいつじゃア斬れねえぞ」と一九が月麿に言った時、

    「あいや、しばらく、しばらく、しばらく」と墓石の陰から誰かが出て来た。

     なんと、それは山東京伝(さんとうきょうでん)だった。右手に三枡紋(みますもん)を大きく書いた団扇(うちわ)を持ち、左手に傘を差した京伝の後ろに太鼓持ちの桜川善好(ぜんこう)と一九の知らない若者がいた。

    「京伝先生、どうして、こんなとこに‥‥‥」

     一九と月麿は驚いて京伝らを見つめた。

    「おめえたちを懲(こ)らしめてやれと村田屋の旦那に頼まれてな。おめえたちより一足先に来てたんだ」

    「それじゃア、夢吉を隠したのは先生だったんですか」

    「あっ、夢吉」と月麿が夢吉を見ると、泥と血糊(ちのり)にまみれた夢吉が笑いながら月麿を見上げていた。

    「畜生、騙(だま)しやがって。おめえが殺されて、俺アもう生きていけねえって思ったんだぜ」

    「ごめんなさい」

    「いいんだ、いいんだ。畜生、やっと会えた。会いたかったぜ」

     月麿は涙をこぼしながら、夢吉をもう一度、強く抱き締めた。

    「お互え、泥だらけの御対面たア、とんだ幕切れだな」

     浪人者はそう言いながら、顔に付けた傷痕をはがした。

    「やっぱり、鬼武(おにたけ)さんか。刀の構えを見た時、似てるとは思ったが、まさか、こんなとこにいるとは夢にも思わなかった」

     一九が言うと鬼武は渋い顔をして、

    「せっかく、草津まで来たのに部屋に閉じこもりたア、まったく、辛かったぜ」とニヤリと笑った。

    「一体、どこに隠れてたんですか」

    「湯安の上(かみ)屋敷さ」

    「なんだって。それじゃア、若旦那は知ってたのか」

     あっけにとられた顔をして、事の成り行きを見守っていた新三郎は首を振った。

    「そんな、知りませんよ。京伝先生や鬼武先生がうちにいたなんて、そんな事、全然、知りません」

    「湯安の旦那だけだよ。知っていたのは」と京伝が言った。

    「俺は江戸の小間物屋、京屋伝蔵、鬼武さんは浪人に扮したまま、本名の前野曼七(まんしち)を名乗り、善好は本職の畳(たたみ)屋の職人、長次は貸本屋の越前屋として泊まったからな。わかるわけはねえとは思ったんだが、湯安の旦那は俺の顔を知ってるからな、ひょっこりばれたらかなわねえと旦那だけにはこっそり話しておいたんだ。どうやら、旦那は若旦那にも内緒にしてくれたらしい」

    「そうだったんですか。まさか、同じ宿にいたとは‥‥‥ところで、その若えのは何者なんです」

    「あれは俺の弟ですよ」と都八が言った。

    「なに、弟?」

    「戯作者(げさくしゃ)になりたくて、京伝先生んとこに出入りしてるんですよ」

    「てえ事は、都八、おめえも、このからくりを知ってたのか」

    「実は俺も知ってたんだ」と津の国屋が笑う。

    「なんでえ、なんでえ、畜生め、知らなかったのは俺と月麿だけか」

    「わたいらだって知らなかったわよ」と豊吉が口を尖(とが)らせた。

    「まったく、もう、脅かさないでよ。わたいも殺されちゃうのかと思ったじゃない」

    「そうよ、わちきなんか、もう少しで、おもらししそうだったんだから」と麻吉も怒った顔をして見せたが、

    「でも、さすが、京伝先生ね。茶番(ちゃばん)だなんてちっとも気づかなかった」とニコリと笑った。

    「まったくだ。人が殺されるとこなんか見るのは初めてだったからな、もう少しで腰を抜かすとこだった」と藤次も苦笑した。

    「なに言ってんのよ。あんたはブルブル震えてたじゃない」

    「なにを? そいつは武者震いって奴だ」

    「参った、参った」と一九は頭をかきながら、月麿と顔を見合わせた。

    「村田屋の旦那もほんとにしつけえなア。こんなとこで意趣返(いしゅげえ)しをされるたア、お薬師様でも気が付くめえ。まったく、もう、冗談しっこなしだぜ」

     一行は笑いながら、湯安へと帰って行った。

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