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粋な辰巳芸者を巡って、十返舎一九と喜多川月麿が草津温泉で巻き起こす馬鹿騒ぎをお楽しみ下さい。
2017 . 06
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    一九の膝栗毛より「桐屋」 

     

    12.龍山の歌

     

     

     ♪春雨の眠ればそよと起こされて
                 乱れ染めにし浦里(うらざと)は
          どうした縁でか、かの人に
                  会(お)うた初手(しょて)から可愛さが
                         身にしみじみと惚れぬいて~

    「おっ、都八(とっぱち)がやってるな」と一九が笑いながら新三郎に言った。

     桐屋の仲居(なかい)に案内されて、二人は庭園内を歩いていた。広い庭園には見事な枝振りの松や梅、桜にシャクナゲ、ナナカマドが植えられ、築山(つきやま)がいくつもある中、大小様々な数寄屋(すきや)造りの離れ座敷が建っている。二人の後、少し遅れて顔色の悪い月麿がうなだれながらついて来る。

    「あの人はほんとにうまいですねえ」と新三郎が都八の唄に感心しながら言う。

    「一中節(いっちゅうぶし)のお師匠だからな」

    「平塚(ひらづか)にいた頃、俺も習いましたよ。あそこは人形浄瑠璃(じょうるり)が盛んで、江戸から来たお師匠さんが旦那衆に教えてました」

    「ほう、若旦那は何でもやるんだな」

    「いえ、まあ、唄がうまけりゃ女子(おなご)にもてると思いましてね。ほんのちょっとかじっただけです‥‥‥あれも一中節なんですか」

    「いや、あれは新内(しんない)だ。最近、江戸で流行ってる『明烏(あけがらす)』だよ」

     大きな池の側に建つ妙義亭(みょうぎてい)という離れ座敷で津の国屋は待っていた。

     都八はもういい気分になっていて、三味線を弾きながら顔を上気させている。豊吉と麻吉の他に、昨夜、湯安に来たお夏とお糸も顔を揃えていた。

    「まるで、向島(むこうじま)の料理屋に来たようだな」と言いながら、一九はお夏を見た。

     細面(ほそおもて)で鼻筋の通ったいい顔をしている。この女が『かわらけ』だったとは、と首をかしげた。

    「先生の浮気者」と麻吉が睨(にら)み、一九をつねる真似をした。

    「いや、そんなんじゃアねえんだよ」と一九は手を振った。

    「おい、月麿、夢吉ねえさんはどうした」

     津の国屋が聞くと月麿は情けない顔をして首を振った。

    「また、謎を掛けられたらしい」

     一九がニヤニヤと笑う。

    「ついさっき、相模(さがみ)屋が来たぞ。やっこさん、俺がいるのを見て、鳩(はと)が豆鉄砲を食らったような面をしてたぞ。月麿がいるのは知ってたが、俺の事は知らなかったようだ。奴も必死になって夢吉を捜し回ってるらしいな」

    「ほう、相模屋が来たのか」

    「昨夜(ゆうべ)遅くまで、連れの河内(かわち)屋とここで派手に遊んでたらしい。どうせ、そのうち帰って来るだろうと安心して遊んでたのが、今朝になっても帰って来ねえ。慌てふためいて捜し回ってるようだ」

    「もしかしたら、夢吉は相模屋から逃げてるのかな」と都八が三味線の手を止めて言う。

    「一人になりたくて草津に来たのに、おめえたちが追いかけて来たから、夢吉はどっかに隠れちまったんだろ」

    「相模屋から逃げるのはかまわねえが、俺から逃げる事アねえだろうに」

    「そいつはおめえの言い分だ。相模屋の方じゃアおめえが来たから逃げたと思ってるぜ」

    「でも、ねえさん、ほんとにどこに隠れてんだろう。わたいらにはちゃんと知らせてくれたっていいのにさ」

     豊吉と麻吉は、ねえとうなづき合った。

    「なアに、月麿に謎をかけて来るんだ。心配(しんぺえ)ねえ。もしかしたら、夢吉はどこかで、おめえの動きを見ながら楽しんでるのかもしれねえぞ」

    「そんな馬鹿な。でも、矢場の女に手紙を渡した若え男ってえのは一体(いってえ)、誰なんだろう」

    「この前(めえ)の時と同じ野郎に間違えねえな。だが、夢吉の知り合(え)えは草津にゃアいねえはずだ。どこかの料理屋の若え者じゃアねえのか。夢吉に頼まれて、おめえの事を探ってるのかもしれねえぞ」

    「それはありえるな」と一九も言った。

    「初手の謎の時、夢吉はおめえが中善にいるのを知っていた。今度もおめえが金毘羅さんに行くのをどっかで見てたのかもしれねえ」

    「そうか、奴は俺の後をつけていやがったのか。畜生め、野郎、取っ捕めえてやる」

    「ところで、今度はどんな謎なんだ」

    「今度のは難しいんですよ」と月麿は持っている手紙をみんなに見せた。

     

       馴増恋(なれてますこい)

    しらさりき露の情になれし葉の
                 なるゝに袖のぬれんものとは

       別後恋(わかれてのちのこい)

    ふみわけて木曽路の山のけはしきに
                 へにけん秋を知る人ぞなき

       夏草夕露(なつくさゆうづゆ)

    いにしえにちきりをきにし閨(ねや)の戸も
                 胸はしり火に心やけをり

       契後隠恋(ちぎりてのちのかくれごい)

    雲はなをかさなる山のをちこちも
                 ゆきかふ袖もまれのたひ人

       郭公幽(かっこうゆう)

    しけりあふ草のむらむらをく露や
                 誘ふ水あらばいなんとぞ思ふ

       山路新樹(やまじしんじゅ)

    やまおろし磯辺の松に吹たちて
                 くれてほたるの色にみゆらん

       寄湯祝(きとうしゅく)

    忘るなよこの谷かけの出湯(いでゆ)こそ
                 むへも老せぬくすり成けり

       旅行友稀(りょぎょうゆうき)

    にくからぬ人にそひねのきぬぎぬは
                 あけやらぬ夜の人のつれなさ

       五月雨(さみだれ)

    名もしらぬ草木あまたに茂(しげり)あひて
                 白根に今朝は雪そ降りける

       海辺夏月(うみべかげつ)

    むらさめのすきたつ山のみねこえて
                 かすかに名のるほととぎすかな

                                      夢

     

     

     

    「ほう、夢吉も相模屋の妾(めかけ)になって歌も始めたとみえる。大(てえ)した女子(おなご)だ」

    「いや、どうも、その歌は、若旦那が言うには薬師堂にある歌らしい」

     一九が言うと、新三郎はうなづいた。

    「戦国の頃、近衛龍山(このえりゅうざん)という人が草津に来て詠んだ歌だと思うんですよ。どうも順番が違うようですけど」

    「そいつを夢吉が写したのか‥‥‥この歌のどこに謎があるんだ」

    「旦那、そいつがわからねえんです。夢吉は金毘羅さんで正午(おひる)に待ってると言っておきながら、こんな手紙を矢場の女に持たせたんです。きっと、この歌の中に、今度はどこで待ってるってえのが隠されてるんじゃアねえかと」

    「成程、そいつは理屈だな。しかし、夢吉が考(かんげ)えたんなら、それ程、難しいもんでもあるめえ」

    「それが、旦那、そう簡単な代物(しろもん)じゃアねえらしい。先生にも見てもらったんだが、そういう歌にある謎ってえのは、大抵、頭(かしら)の字をつなぎゃア解けるのに、そいつは解けねえ」

    「俺も今、そいつをやってみたとこだ。頭の字を読むと『しふいくしやわになむ』となる。渋い櫛(くし)がやわになるってえ事かい」

    「薬師さんにある本当の歌は頭の字を結ぶと『なむやくししうにしむ』ってなるんですよ」と新三郎が言う。

    「南無(なむ)薬師十二神(じん)というわけだな」

    「そうです。ところがこの歌は『しふいくしやわになむ』です。一体、何の事やら」

    「夢吉が渋い櫛を持っていて、そいつがやわになっちまったんですかね」と都八が首をひねった。

    「そういえば、ねえさん、柳に燕(つばめ)の絵の描いてある渋い櫛を大事そうに持ってたけど」と麻吉が思い出したように言う。

    「なに、柳に燕だと」

     月麿が急に大声を出す。

    「そいつは昔、俺がやった櫛だぜ」

    「ほう、おめえがやった櫛を夢吉が持ってるのか」

    「そうか、夢吉は俺がやった櫛を大事(でえじ)に持ってたのか‥‥‥」

     月麿は感激して、そうか、そうかと独りでうなづいている。

    「その櫛が壊れちまったに違えねえぞ」と都八が言って、三味線をチャチャンと鳴らした。

    「何だと」と月麿は都八を睨む。

    「いや、その櫛がやわになったってえ事は、二人の仲はもう切れた。会いたくねえってえ事じゃアねえのか」

    「何だと、この野郎、もう一度、言ってみろ」

     月麿は本気になって怒り、都八の襟をつかみ掛かった。

    「まあ、待て」と一九が月麿をなだめる。

    「おめえから貰った大事な櫛が壊れちまったから、新しいのを買ってほしいって謎をかけてるんかもしれねえぜ」

    「それじゃア、夢吉はどこかの櫛屋で待ってるのか。若旦那、草津に有名な櫛屋はありませんかね」

     月麿が意気込んで聞いたが、若旦那の顔は冴えない。

    「さあ、小間物屋はいくつかあるけど、大した櫛なんか売ってやしませんよ。時折、高崎辺りから来る小間物屋なら、ましなのを持ってると思いますけど」

    「その小間物屋ってえのは今、草津にいるのか」

    「まだ、来ねえでしょう。来れば、ここに顔を出しますよ」

     月麿がお夏とお糸を見ると二人とも首を振った。

    「どうも、そんな簡単に解けるもんじゃアなさそうだぜ」と一九はもう一度、手紙を睨んだ。

    「下(しも)の句の頭をつなげても、文にはならんな」

    「やはり、本物と比べてみた方がいいかもしれませんね」

     新三郎がそう言うと月麿はうなづいた。

    「それしかねえな。俺はちょっくら行ってくらア」

    「おい、昼飯ぐれえ食って行け」と一九が言っても、

    「もたもたしてたら相模屋に先越されちまう。奴より先に会わなきゃなんねえ」と月麿は飛び出して行った。

    「あいつ、朝飯も食ってねえんじゃねえのか」と都八はあきれた。

    「夢吉ねえさん、羨(うらや)ましい」とお夏が月麿の後ろ姿を見送った。

    「ほう、おめえは月麿が好きなのか」と津の国屋が冷やかすと、

    「あたしさ、ああいう苦み走ったのが好きなんですよ」とけろりとして言う。

    「そして、あの人、絵かきさんなんでしょ。あたしも美人絵に描いてほしい」

    「おう、そうだ。すっかり忘れてたぜ。奴にわ印(じるし)を頼んだんだっけ。あの野郎、夢吉捜しに夢中になって、仕事の事なんかすっかり忘れてやがる」

    「あの、わ印って枕絵(まくらえ)を描くんですか」

    「そうさ。おめえも描いてもらえばいい」

    「やだア。そんなの恥ずかしくって」

     お夏が身をくねらせると新三郎と一九がクスクスと笑った。

    「そんなのに描かれたら、お夏ねえさんはすぐにわかっちゃうもんね」とお糸も笑う。

    「なに言ってんのよ。変な事言わないでよ」

    「ほう、もしかして、お夏は立派な刺青(ほりもん)でも入れてるのか」と津の国屋が興味深そうに聞く。

    「そんなんじゃないですよ、ホッホッホ」

    「言ったら、おまえのもばらすからね」とお夏はお糸を睨んだ。

    「わかった、言わないよ」と言いながらも、お糸は笑っている。

    「いいわよ、もう。あたし、絵なんか描いて貰わないから」

     お夏はツンとしてしまった。豊吉と麻吉も噂を知っているらしく笑っているが、津の国屋と都八は意味がわからないという顔をしていた。

     昼間から豪勢な料理で一杯やった後、一九は新三郎を連れて賽(さい)の河原へ向かった。津の国屋は桐屋が気に入って、そのまま居残り、都八は月麿の様子を見に薬師堂に向かった。

     ようやく、雨も上がり、久し振りにお天道(てんとう)さんが顔を出した。

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